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王女メディア
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王女メディア

MEDEA

112

りゃんひさ

4.0

ネタバレ土俗的な前半は素晴らしいが、後半は???

『テオレマ』の前に観たピエル・パオロ・パゾリーニ監督作品は、1969年製作の『王女メディア』。 イタリア・オペラの名プリマ、マリア・カラスが劇映画に出演したのは、この1本ではないかしらん。 古代ギリシアの神話の時代。 山深い湖の畔で、ケンタウロス(半人半馬)に育てられたイアソン。 繰り返し聞かされた話は、 イアソンは王子であり、幼い時分に叔父に父を殺され、王座を奪われた。 成長し、然るべき時が来たならば、王位返還を要求するのだ、 という話。 何度も繰り返し繰り返し聞かされたものだから、幼いイアソンは眠ってしまうのもしばしばだった。 たくましく成長したイアソン(ジュゼッペ・ジェンティーレ)は叔父王のもとを訪れ、王位返還を要求するが、叔父王は王位返還の代わりに国の繁栄を約束する「金毛羊皮」を手に入れて来いと条件を出した。 兵士たちと筏船で異郷の地を目指したイアソンであったが・・・ といったところからはじまる物語で、ありゃりゃ、これは『アルゴ探検隊の大冒険』の物語じゃありませんか。 たしかに、あれもギリシア神話でしたね。 血沸き肉躍る特撮大活劇・・・になるはずはなく、 イアソンがたどり着いた異教の地は若い青年を生贄にして神に捧げるという世にも恐ろしいところ。 金毛羊皮は山頂の素朴な宮殿に祀られている。 難攻不落のようであったが、儀式を司る巫女メディア(マリア・カラス)は、イアソンを一目見た瞬間に激しい恋情を抱き、金毛羊皮を盗み出してイアソンに捧げ、彼ともどもイアソンの王国に立ち戻る。 しばしの間は熱烈な恋情に溺れたイアソンとメディアであったが、ひとの心の移ろいやすいは常のこと。 メディアとの間に三人の子どもをもうけたイアソンであったが、隣大国の王(マッシモ・ジロッティ)に見込まれ、娘グラウケー(マルガレート・クレマンティ)の夫として白羽の矢を立てられると、イアソンの心はメディアから離れていく。 メディアはグラウケーと父王に呪いをかけ、ふたりに非業の死を遂げさせ、子どももろとも我が家に火を放ち、燃え盛る炎の中、イアソンへの呪詛の言葉を叫びながら焼き尽くされるのであった・・・ という物語となる。 とあらすじを書いたのは、後半、物語がよくわからないからで、その原因としては、パゾリーニが映画的文法を無視して、場面場面を繋いでいくことによる。 特に、メディアの台詞場面になるとマリア・カラスのアップとなり、周囲の状況がわからない。 時間が経過したのも、場所が変わったのもほぼわからない。 メディアがグラウケーと父王に呪いをかける件などは、同じような描写が繰り返されるので、ありゃ、フィルムが間違って繋がれているんじゃないかと思ったほど。 なので、後半のストーリーテリングだけみれば、なんじゃこりゃ的映画なのだけれど、映画全体で観ると、前半がすこぶる良いのである。 特に、メディアが執り行う儀式は、セリフもなく、説明もなく、古代ギリシアかくあるべし、とでもいうような荒涼たる風景の中で、原初の様相をした人々が、生と死、大地と人間の循環を表わすような態で行っており、この部分が素晴らしい。 この土俗的な描写は、後の『デカメロン』をはじめとする艶笑三部作にも引き継がれていきますね。 というわけで、前半は大傑作、後半はなんじゃいな、な評価かしらん。 評価は★★★★(4つ)としておきます。

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