2010年6月12日公開

サバイバル・オブ・ザ・デッド

SURVIVAL OF THE DEAD

R18+902010年6月12日公開
サバイバル・オブ・ザ・デッド
2.8

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(113件)


  • あき

    3.0

    ロメロゾンビの最後

    これが監督の遺作ですが、ロメロらしいゾンビの設定と人間ドラマとゴア描写が安定してますね。西部劇風に展開してますが、短いのでシンプルなお話しです。前作の武装強盗団が主役になってるので、もし続きを作るとしたらゾンビ共存計画になるんでしょうか?そうなると死霊のえじきみたいかな…

  • へろへろもん

    1.0

    本当にロメロの作品?

    この当時のロメロ作品には、もうスポンサーが付かなかったことを物語る作品です。

  • もんくま

    2.0

    前作よりは少しだけマシだけど、、、

    ロメロ監督による、新ゾンビ三部作?の完結編。 前作にチョイ役で出てた州兵のオッサンを狂言回しとして、西部劇テイストで二つの勢力の地味〜な抗争劇を軸に、何時ものロメロ節がこれ又、地味〜に展開する恐らく、これまでのロメロ作品として最もスケールの小さなゾンビ映画。 ジャンル物をこよなく愛す自分にとって、ジョージ A  ロメロ監督は、ジョージ ルーカスと同じくらい偉大なフィルムメーカーだと思っているので、その監督の最後の作品が本作になってしまったのは非常に残念な事で、出来れば亡くなる前にもう一花咲かせて欲しかった。

  • aix********

    2.0

    ネタバレエゴ・オブ・ザ・デッド

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • ひーとくん

    5.0

    素晴らしいの一言

    レビューでは低評価が大半を占めてますがロメロゾンビが大好きな私には何とも居心地の良い作品でした。 昨今のゾンビが狂暴化し走ろうともロメロゾンビは走りません。 ロメロ監督節とも言われる風刺も健在。 ゴアシーンも終盤に入れてくれている。 派手な演出なんて必要ない、ロメロゾンビは時代が変わろうとも設定はこのままで良いのだと改めて感じる作品でした。

  • bes********

    2.0

    映画コレクションの中から今日の一本

    ゾンビを期待して鑑賞すると肩すかしにあうかも・・。 動きがあまりに遅いので簡単に頭に銃弾を撃ちこんで倒す事が出来るし、特殊メイクがイマイチでゾンビ映画を見馴れたユーザーには物足りなさが残ると思います。 予算の都合もあるのかもしれませんが、バイオハザードの1作目やアイ・アム・レジェンドよりも後発だとは思えない仕上がりに残念で仕方がありません。

  • fg9********

    2.0

    おっ、評価が低いので安心した

     …あらすじは、解説のとおり。  何故、この映画が好評を博したのか解らない。  監督の知名度か?  おっ、評価が低いので安心した。  相も変わらず歩くのが遅いゾンビ相手なら、やっつけ放題だろうが……。

  • bar********

    2.0

    期待しすぎた

    ゾンビ映画の巨匠GAロメロの監督作品。 「ランド・オブ・…」「ダイアリー・オブ・…」に続いての作品であるが、第1作目の「ZOMBIE]があまりにも完璧すぎて以降彼のゾンビものをまともに見ていなかった。感想は「見なきゃよかった」。 1作目はSFXで手作り感満載、しかしこれが泥臭くてあの世界にマッチしていた。今回はCG処理満載。それが浮きまくりであまりにも酷い。喰いちぎられた部分やゾンビの首がCG処理丸わかりになるたびに冷めていく。 タイトルも「サバイバル」という言葉が使われているが…只の幼なじみの爺さん同士の喧嘩でもしかしてゾンビ関係ないんじゃね?とすら思えてくる。 ただ 「ゾンビは走ってはならない」という信念を持つ監督だけあってゾンビの動かし方は流石。「これぞゾンビ」とこれだけは満足。

  • bok********

    3.0

    ネタバレまあまあ面白かった。

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • mau********

    3.0

    ただ作ってみた…

    とりあえず監督人生叙事詩として、新デッド三部作を撮ってみました… くらいの、可もなく不可もなく、凡作です。 70〜80年代のギラギラしていた頃のロメロイズムは、なりを潜めてしまいました。 それでも今後の作品に、ロメロ監督の集大成的な映画を期待しております!

  • kkk********

    4.0

    死者と男と男とエゴと

    走っちゃイカンとか。 そもそも「ゾンビ」じゃねえし、とか。 老舗ならではの格式ばった重々しさで ゾンビ業界に睨みを利かす、 御大ロメロの最新作は 『大いなる西部』をベースとした風刺劇。 ハテ。『大いなる西部』って…? 1958年の西部劇ですか。はあ。 さすがロメじい、なんとも古いところを。 正直知らなかったし今更観ようとも思わんけど、 それでも言わんとすることはよく分かる。 それは、「荒野で銃を向け合う人間達」 ゾンビの蔓延という、 生死のかかった問題を前にして。 一方は、いかなる事情があろうとゾンビは 徹底的に撃ち殺し殲滅すべきという強硬派。 もう一方は、元は仲間であるべき化物を 何とか飼い慣らし共存を図るという穏健派。 それぞれがそれぞれに理はある。 が、それぞれに矛盾を抱えてもいる。 ホントは双方、それに気づいてもいる。 それでもお互いの立ち位置から動こうとせず、 そこに真実が手繰り寄せられることはない。 いつしか。 それぞれの主張は問題の解決を忘れ、 「正義は我にあり。」 己の力を固持するための旗印となり果てる。 さて。思い起こしてみれば、 これは御大ロメロが最初の映画 『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』で描いていた、 「ひとつ屋根の下で銃を向け合う男達」と なんら変わりはない。 ゾンビという生死の狭間に囲まれながらも、 どこまでも「我」を張り通す人間達。 ただ、この最新作におけるロメロの目線は、 そんな人間の醜い側面に顔をシカめ 苦言を呈すと言うような堅苦しいものではない。  それが人間なのぢゃ。  己の信じる通りに、正しいと思う通りに  自ら進んで行動する。  その「意思」こそが生きている証。  生きた人間だからこそ、  自分が大事なのだ。身勝手なのだ。 そんな人間の醜い性質を、 魂の抜けたゾンビ達が虚ろにコピーをする。 その、全くもって滑稽な姿。 血と、臓物と、肉片と、 作中に散りばめられたドギツイ悪趣味。 それはまるで、 嫌味が大好きなヒネクレ者のロメじいが 愚かな人間を指さし 呵々哄笑している様にも見える。  愉快じゃのう、ふぉっふぉっふぉ… 全く、(呆) ホラー映画としてどうとか、 エンタメとしてどうとか問われれば 確かに地味で見せ場も少なくて面倒くさいけど。 ロメじいの映画はやはり相変わらずに面白い。 この半世紀にもなるキャリアで 常に「巨匠」と呼ばれ続けていたロメじいは、 今に至って再びピークを迎えているようだ。 殊にあのラストカット。 『ナイト~』の" Good shot "から 毎度毎度そうだったけど、 全てを集約するかのような渾身のラストは いつにも増して辛辣な毒を含み、味わい深い。 それだけに、 最後のモノローグはいかにも説教じみてて 余計だったような気もするんだけど。 え。…文句があるなら帰れ?? あーはいはい、ごもっとも(笑)

  • hir********

    5.0

    フロンティア精神の餌食

    思えば御大ロメロの大河映画も、遂に6作目だ。 1で「人種差別」2で、「ベトナム戦争」3で、「核戦争」4で「湾岸戦争」 5で「インターネット社会」に、警告を与えてきたロメロが、 6作目で訴えてきたのは「フロンティア・スピリット」 アメリカ人の「原点」である。 黒人の大統領が誕生し、すべての家庭にパソコン・携帯が保持された今、 ロメロは、もう一度、「アメリカとは何か?」を突き付ける。 「夜盗」の群れと化した軍隊。 互いに譲り合おうとはしない老人達と農民達。 車の中に閉じ込められたゾンビは、ブレーキをかける事を知っていた。 そう、この作品のゾンビ達は、「人間である時」の習慣を忘れてはいない。 だからこそ、「人食い」と「感染」に恐怖が擬縮される。 現代に生きる我々の「恐怖の対象」は、常に「死」である。 健康ブームも、グルメブームも、裏を返せば、そこには「死への恐怖」が存在する。 「死」は、理由もなく、ある日突然、やって来る 交通事故や、病気、戦争、犯罪などによって、理不尽に殺されてゆくケースもある。 「ゾンビ」になる事は、ある意味「不死身」になる事だ。 なのに、人はゾンビになろうとは思わない・・・なぜか・・心が無いからだ。 首だけになって、まだ「肉」を欲しがるゾンビ達・・・滑稽さを通り越して哀れである。 ゾンビになっても、「日常習慣」を忘れる事が出来ない「人間の哀しみ」 それを、良しと受け止める狂信派と、 魂の抜けた「生ける抜けガラ」は殺すべきだと言う「革新派」 この二つの派閥の争いを、まるで「大いなる西部」の様な表現方法を使って描いている。 これを「フロンティア精神」と言わずして、何と言おう! 今回の映画で、最もショッキングだったのは、 もう、誰も「感傷や自己嫌悪」に浸っていない所だろう。 そんな暇など無い!とでも言うが如く、父が娘を、夫が妻を、女が男を、大人が子供を、 次々と、無感情に殺してゆく。 ロメロの「ゾンビ」は、ついに此処まで来た! 「人間性の喪失」などという甘っちょろい類ではない。 完全なる「人間性の否定」である。 満月をバックにしたラストシーン。 ついに、「ゾンビ」と「人間」の境が、無くなる。 彼等は、人間の時と、同じ事を「ゾンビ」になっても繰り返している・・・ フロンティア精神の裏にある「憎しみ」「恨み」「狂気」。 それを、余すこと無く描き「絶望的」観点に着地してみせるロメロの、確固たる自信。 これぞ、ジョージ・A・ロメロ、その人のフィルムに他ならない。 そこいらのチンピラが、「お遊び半分」で創る「三流ゾンビ映画」とは、格が違う。 アメリカを呪い、アメリカを恨み、 それでも祖国アメリカとは何なのだろうか?と語り続けるロメロの映画は、 観るたびに、ドンドンと簡素化されてゆく・・・まるで「墨絵」の様だ。 しかし、それは弱くなっているのではなく、深まってゆく「証し」に他ならない。 30年以上、ロメロ映画を見続けて来た私に言えるのは、 ただ、ただ、「驚異」の「ブレの無さ」だ。 それはもう、「小手先の技術や、奇抜な表現」など必要としない。 「完全作品」「絶対作品」としての「存在」をあらわす。 御大が、これだけブレないからこそ、 幾重、幾多の「ゾンビ映画」が、この世に生まれる事が可能になったのだ! 「サヴァイバル・オブ・ザ・デッド」 これこそ、今、現在観れる、「究極のゾンビ映画」だ! 1秒たりとも、ロメロ映像から、目を離してはいけない!

  • sat********

    3.0

    ネタバレ公開されるのかぁー。

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • ice********

    4.0

    ネタバレみんなでお食事です

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • co_********

    2.0

    薄~い作品

    「オブ・ザ・デッド」シリーズ4作目?かな?「ランド~」をまだ見てないので言い切れないけど、一番つまらなかった…。 主人公なり登場人物に自分を置き換えて映画を見るタイプの私は、映画の中の人が怖がってくれないと見てるこっちも怖くなくなってしまう。 怖がらないなら怖がらないで、いっそブラック・コメディに走ってほしいわ。 「ゾンビの扱いなんかチョロイぜ」的な立ち振る舞いしておきながら、うっかり噛まれちゃうあたりはコメディに該当するんだろうか。アホ全開だとは思うけど。 「ゾンビ」を死人とするか生きているとするかの価値観の違いで派閥が生まれ、派閥間抗争が生まれる、というストーリー自体は好きだ。そしてウォーキング・デッドはロメオの影響が大きいんだなと改めて認識させられる。が、逆に、ウォーキング・デッドのストーリー展開のさじ加減は絶妙だったと思わされ、サバイバル~のダメさが際立つというカオス。。。 どちらの価値観にも共感出来て、観客自身はどちらの立場を選ぶか考えさせられるような作りにすれば面白くないのに、片一方がクレイジーに描かれすぎる。ザ・悪役すぎてタランティーノ映画かよ、と。 …やっぱりコメディか? あと、州兵の話と島の話のテイストが違い過ぎて、二つが合わさった時の、双方の話のコア部分の置いてけぼり感が。。。 色々と中途半端な話でした。星☆2つ。

  • shi********

    2.0

    ゾンビと私。

    小学3年生の頃だっただろうか。 土曜日の昼の情報番組で、これから公開の話題作として「ゾンビ」が紹介されていた。 エレベーターになだれ込み迫ってくるゾンビたちの映像に、私は激しく恐怖した。 それからしばらくは、夜トイレから部屋に戻る時の暗闇が怖くて怖くて仕方なかった。 ちなみにその時食べていたのがククレカレー。 以後しばらくはククレカレーを食べるたびにゾンビを思い出していたものだ。 そんな「ゾンビ」もテレビ放映ではしっかり観た。 よくぞ夜9時から放映したものだと、今思えば時代の流れを感じさせる。 16の夏。 初めてオールナイトで映画を見た。 当時大流行だった「スプラッター・ムービー・フェスティバル」だ。 今はなき渋谷パンテオンの大スクリーンで「ゾンビ」を観た。 続けて2回観る気になれず、深夜3時頃劇場を出た。 今では想像つかないが、当時の深夜の渋谷はまるで人がいない。 当てもなく原宿あたりまで歩いていると、急停止した車からスーツ姿の数人の男が駆け出し、呆然とする私の目の前で電話ボックスに駆け込み、ピンクチラシを根こそぎ剥がして行った。 おそらく刑事だろう。 補導されなくて良かった。 渋谷から東横線の始発に乗った。 初めての朝帰り。 ちょっと大人になったような興奮と高揚感も、正面に座る人の読む新聞の見出しで吹き飛ばされた。 「日航機不明524人絶望」 1985年8月13日の朝だった。 日本中が騒然としているとはつゆ知らず、死んだ人間が蘇って生きてる人間の肉を食べちゃう映画を観てたわけだ。 高校時代は試写会通いに明け暮れた。 今となっては鉄道会社の社員しかできなくなったキセル乗車を駆使し、毎日のように銀座などの試写会場に通った。 そんな中、ロメロ師のゾンビシリーズの待望の続編「死霊のえじき」が公開。 世はサム・ライミの「死霊のはらわた」が火をつけたスプラッターブームの真っ只中。 「死霊のしたたり」「死霊の盆踊り」など「死霊のなんとか」が氾濫し、「バタリアン」などのパロディゾンビものなどが登場したのもこの頃だった。 この邦題には失望したが「愛と哀しみのゾンビ」よりかはマシだろう。 邦題以上に学習ゾンビ・バブにはのけぞった。 これが3部作の完結編ということだったので、非常に複雑な想いで試写会場を後にした記憶がある。 時は流れ、ゾンビと言えばお茶の間でも射殺できる身近な存在となった。 しかし少年たちの間では、ゾンビといえばその「バイオハザード」。 当然ながらロメロのロの字も知らない。 そんな中の2004年、ロメロ師作ではない「ドーン・オブ・ザ・デッド」が公開。 職場のバイトの女の子を誘ってみた。 「どんな映画なんですかぁ?」 「死んだ人間が蘇って生きてる人間の肉を食べちゃう映・・」 「絶対ヤです!」 ふられたことよりもショックだったことは、ゾンビが走ったことだ。 これはたまらん。 我慢がならなかったのか、遂にロメロ師が立ち上がる。 「ランド・オブ・ザ・デッド」の公開だ。 日本でも「アヒルちゃ~ん」でお馴染み、私の大好きなデニス・ホッパー(御冥福をお祈りします)主演だ。 その後もゾンビが鎖で繋がれ飼われたりと、人道的にどうかと物議を醸す(誰も醸してないよ)ゾンビものなど、ロメロ師印でないゾンビが氾濫。 そんな中でも我らがロメロ師は「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」、そして本作と、ひたすら走らないゾンビを作り続けている。 やはりゾンビが走るのは反則だ。 水中でウヨウヨしようが、首だけになっても呻いていようが、多少学習しようが、やはりゾンビは走ってはいけない。 頑張れ我らがロメロ師! と言いたいが、作品ごとにいろいろアイディアは更新されるが、スケールは小さくなっているなぁ。 本作、邦題をつけるなら「ゾンビ島の決闘」か「月夜のゾンビ」と言ったところか。

  • bla********

    3.0

    人間同士の争い

    ジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画ということでレンタルして鑑賞しました。 前作は個人的にあまり好きではなかったのであまり期待していなかったのですが、前作に比べるとだいぶ面白かったです。 個人的にはゾンビ映画の中にある人間同士の争いが好きです。 今作では、それがだいぶ出てましたね。 前半はあまりグロくないなぁって思いながら見ていましたが、後半一気に来ました。 はっきりいって気持ち悪いです。笑 最近のゾンビは走ったりしますが、ロメロ監督のゾンビは走りません。 走るゾンビも怖さが増して好きなのですが、やっぱりゾンビは走らないでほしいですね。 ゾンビが走ったら、ただの人間食べる化物って感じですもん。 ちょっと残念だったのは、映像が微妙だったところ。 最初のゾンビの首のシーンはもう少し何とかなんなかったかなぁって感じです。 ゾンビ映画が好きな人はぜひ見てくださいね。

  • ves********

    4.0

    頑固爺の老舗モツ鍋屋(の、雑炊)

    もつ鍋なのに、モツが少ない。しかしシメの雑炊が旨い。 最近のおフランス製スプラッタに比べたら、 ホラー感・緊迫感は「ナシ」といっていいかもしれない。 出来不出来はおいといて、考えさせるドラマな割合が大きい。 ただ、ロメロ屋の売り物は昔からゾンビだから、なんとなくゾンビが出てくるだけで。 「あたしはモツ喰いにきたのに、この鍋、モツすくなっ!」 「うるさい!モツはただのダシじゃ、文句があるなら帰れ!」 みたいな? ゾンビを使えばわかりやすい、というのもあるんだよね。 人の生と死がダイレクトに表現出来る。 死体になったとは言え、愛するものを撃てるのかという(お馴染みの)葛藤。 生き残った者たちの争い。 人の醜さ。 何十年も同じものを見せられて食傷気味、っちゃあその通りかと。 しかしなんだかお笑いパーツ多め。 ゾンビの頭を吹っ飛ばしたら、頭頂部だけカポーンと元の場所に落ちてくるとか、 ゾンビの口に消火器を突っ込んで、目ん玉びよよ~んとか、 なんてのは絶対お笑いだわなぁ。 あの爺さまが「これ面白くね?」とか言って笑ってる姿は想像するに難くないが、 いやー、流れからいって微妙に笑いにくいんだってば(笑)。 物語は、小さな島に住む二人の地主の争いから。 一人は「死んでゾンビになりおぞましい姿をさらすなら、妻だろうが子どもだろうが頭を撃ち抜いてとどめをさせ」 もう一人は「ゾンビだって元は人間、撃つのは非人間的。人を食わないように仕込むことが出来るのではないか?そのうち薬だってできるかも?」 この二人の地主が展開するゾンビ映画の定番葛藤に加え、 その島にやってきたヨソモノの州兵たち。 州兵たちは前作『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』で学生たちを追いはぎした、 ならずもの兵士である。 『ダイアリー…』の続編というよりは、並行する話という訳だ。 州兵の興味は金。あの世界でなんの意味がある? だが一縷の望みをかけて「ゾンビがいない」と宣伝された島に上陸したことから ゾンビをめぐる地主達の争いに巻き込まれることになる。 主義主張は違うが、地主二人とも人の心を持ち、且つ人でなしの心を持つ。 ゾンビみなごろし主義の地主は、 生き残った人間の生命と死んだ人間の尊厳を守るため、死人の頭を撃ち抜き、 ゾンビ温存主義の地主は、ゾンビを殺さず鎖でつないで未来に望みをつなぐ。 さあ、どちらの人間性に感情移入出来るでしょうか。 「さあ、どうするね。」 と、ロメ爺に言われているような気がする。 どうもこうも。 コンセプトは解ったが、体質的に宗教の違いも感じるし、 よけいな心配だろうが、ゾンビ見にきた客に納得してもらえないだろうよ。 私は好きだけどね。このいつものめんどくさいやり口が。 一番好きなのは前作に続きまたもラストシーン。 皮肉に満ちていて、しかもやりすぎかと思えるほどキレイで、やるせない。 その最後の音。 音を味わえ。 なんだか人生とか最近の世界とかやンなっちゃう音を。 思い返せば、〆の雑炊は旨かった。 フランスのリアルなジビエ料理も勝手にやってろという貫禄。 ロメロ屋は〆の雑炊で老舗の面目を保っている。

  • kot********

    2.0

    ホラー性の薄い、二大勢力の対立もの

    「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」の続編と聞いていたいたので、前作でラスト、パニックルームに閉じこもった人々のその後かと思っていましたがさにあらず、途中に出てきた州兵のサイドストーリーでした。 このところのロメロ作品は、ゾンビ映画を通して人間社会を描くパターンが多いですが、本作品では2つの家の確執,対立を通し、大国間の対立、宗教の確執というようなものを描きたかったのかな、という気がします。 メッセージ性が強く、ホラー性に乏しいため、いまひとつな内容でした。

  • スーザン

    4.0

    このドロドロは見応えアリ。

    一応『ダイアリー~』の続編であるが、前作とは全く異なった世界観である。 今作はロメロ節復活か。 ゾンビより恐ろしい人間同士のドロドロが中心で、そこにゾンビの悲哀も加わる濃厚な出来具合。 死人を生かし、生きている人間を殺すという世にも恐ろしいじいさんと、それが誰でもゾンビは全員殺るじいさん。 この対立がホラーである。 ゾンビになっても馬に乗って疾走する哀れな女性も印象的。

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