2010年5月29日公開

BOX 袴田事件 命とは

1172010年5月29日公開
BOX 袴田事件 命とは
4.0

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(82件)


  • cyborg_she_loves

    4.0

    問題提起の映画

    袴田事件について知らない最近の人たちには、一度はぜひ見てほしい映画ではありますが、「ああこれが袴田事件か」と納得して終わりにしてほしくないとも思います。  例えば石橋凌さん演ずる立松刑事。  あるいは大杉漣さん演ずる吉川検察官。  この映画での彼らは、要するに自分が手柄を立てるためなら被疑者を拷問しても殺しても屁とも感じないただの怪物であり悪魔です。  こういう狂った連中が警察や検察を牛耳ってるからこんな冤罪が生まれるんだ、と、この映画を見た人たちは思う。  いやいや、問題はそういう個人の良心の欠如なんていうちっぽけなところにあるんじゃないでしょう。警察や検察にもっと良識を持った人たちが増えれば冤罪は生まれなくなる、なんていうことじゃないでしょう。  問題の根は、日本の警察組織、司法制度そのものにある。  最近のテレビドラマでも、日本の刑事裁判の有罪率が99.9%という異常な高率であることを問題視するものがありました。  いったん起訴されたら最後、被告が裁判で無罪を獲得できる確率は0.1%って、おかしくないですか? 警察や検察ってそんなに神様みたいに間違いを犯さないところなんですか?  この映画でも「疑わしきは被告人の有利に」という裁判制度の大原則が言及されていますが、心情的にはどんなに被告人が疑わしく見えても、被告人が犯罪を犯したことに対する「合理的な疑い」の可能性が存在する場合は、被告人を有罪にしてはならない、という法治国家の大原則が、この日本では今でもまったく通用していません。  さらに、仮に裁判が被告人に無罪判決を下したとしても、限りなくクロに近く見える人を、ネットが発達した今では世間が放っておきません  被疑者の実名や住所や家族の勤務先などをSNS上で暴露し、被疑者がこの社会で生きられないようにすることを、正義の実行だと信じている人たちが世の中にはあふれている。  仮に99人の犯罪者を無罪にしたとしても、1人の無実の人を有罪にすることがないようにすること。それが裁判制度の鉄則です。  などと言ったら、「バカいうな、99人の犯罪者をブチこむ方が社会がよくなるに決まってんじゃん、そのためなら1人ぐらい冤罪でブチこまれたって我慢しろっつーの。だってさ、そんだけ疑われたってことは、その犯罪はやってなかったとしても、普段から問題行動が多かったわけじゃん。そういうヤツってのはさ、ぶっちゃけ、いなくなった方がいいんだよ、云々」と思う人って、多くないですか?  こういう人たちが社会を作り上げている限り、冤罪はなくなりません。  問題は、立松刑事や吉川検察官などの個人にあるんじゃない。私たち日本人みんなが考え直さなければならない問題なんです。  この映画は、袴田事件のごく大筋だけを紹介しているだけで、ただ悪魔的な刑事たちを悪者に据えただけで終わっています。  まあ2時間弱の映画で、こんな根深い問題を完全に描写することが無理なのは仕方のないところでしょう。  だから、出来るだけ多くの人に、まずこの映画を見て、問題に興味をもっていただいた上で、この映画をこの問題についてじっくりと考える出発点にしてほしい。この映画に描ききれていない無数の問題を、自分自身で発掘してほしい。  そういう問題提起の映画としては、とても意味があるとは思います。

  • ind********

    3.0

    今も変わらない不条理な国家の正体

    苦く、悲しく、恐ろしく、重苦しい鑑賞になります。 高橋伴明監督作品にしては、抑え気味の演出で、淡々と描かれているように思います。製作陣は、それだけ冷静に何が起こっていたかを怒りを込めて描いているようです。 難を言えば、確かに裁判官の苦悩からの懊悩は分かるのですが、激しい演技ではなく、淡々と家庭のきしみを描いた方が、リアルだったかもしれません。 それにしても、権力側の都合で「事件を解決」「罪を裁く」ということの恐ろしさ、韓国の大統領権力による司法操縦が取りざたされていますが・・・この権力の自己都合、はたしてこの冤罪の時代、隣の韓国のお話でしょうか? 時の総理大臣の妻の名前を公文書から削除するため、公文書を改竄し破棄し、言うことをきかないものは自殺に追いやり、公文書改ざんの旗を振った張本人は、出世し、裁判にかけらても無罪になる・・・この日本の安倍政治の犯罪は、袴田事件の構図と何も変わっていないことに、司法の恐ろしいほどの権力への阿り、粘着性が、この国ではとても「無罪を勝ち取る」ことなどできないのだと、暗槓とさせられます。 袴田さんはお年を召され、時代は流れ、あたかも既に過去のお話となったかのように見えて、今すぐそこにある「国民の危機」であるのかもしれないと思わされます。 権力への警戒の警鐘を、心に刻むため、ぜひご覧ください。

  • yok********

    4.0

    事件を伝える貴重な映画

    この主役の裁判官の職務の貫き方、勇気に感動しました。それを知れた貴重な映画でした。残念のは袴田さんを演じた役者さんです。袴田さんに謝罪してほしい。

  • km0********

    5.0

    苦しい気持ち

    48年もの長い間の人生を奪われたことの悲しさ、悲惨さを考えただけで 怒りがこみ上げる。 真犯人を 捕まえずに終わったことから 警察の罪の重さ、闇の深さを感じる。 45年以上も 刑務所で毎日 死に怯えながらの生活って、、もう想像すると… とても想像しきれないけど、、どんなに苦しかっただろうと 胸が締め付けられる思いになる。 ドキュメンタリーで 出所後の実際の姿を見たが、精神をやられてしまっているのか、痴呆も進んでいるのもあるのか、あまり普通に会話ができる感じでない気がした。 でも、待っておられた家族(恐らくお姉さん)の気持ちを思うと、すごい深い愛情だなと思った。 熊本さん(役・萩原まさと)のような 正義感の強い人が関わってくれた事はせめてもの救いだった…かもしれない。でも、思いはあっても あそこまで行動に移してくれる人はなかなか居ないのが現実だろうな…とは思う。。 自分と周囲の人々を犠牲にすることも必要になるし。 でも、人を裁く立場にある人で、明らかに間違っている場合は あのように 正義感を行動に移してくれる人が増えることを願いたい…

  • namix00

    5.0

    釈放を祝して

    袴田さんが釈放となる少し前にGYAOでこの映画を観て、怒りに震えた。そして未だに司法は同じ過ちを繰り返してる。と言うか、冤罪だけでなく、行政裁判でも民事裁判でも、国側、大企業側の論理に立つ判事が増えたように感じる。三権分立の誇りは無いのだろうか。無罪判決を書いたり、住民側を勝訴にすると、僻地の裁判所に飛ばされるとか言われているし。そういう理不尽な人事にも裁判官たちで手を組んで抵抗すべきでしょ。試験勉強を頑張ったのは、名もなき庶民を救うためではないって、そう思ってるのかな。本当に悔しい。 日本はまだまだ後進国だと感じる。

  • jet********

    5.0

    「権力=正義」の恐怖こそここにあり!

    1966年の起きた強盗殺人事件「袴田事件」が冤罪だと言われる疑惑の真相を追求し映画化した作品です。 冤罪を扱った作品では「それでもボクはやっていない」が良い出来でしたが、この作品のメッセージ性は更に強い物を感じました。 警察が逮捕し検察が立件し司法で裁かれ刑が確定する。 誰もが知っている犯罪確定のプロセスですが、ここに結末ありきで権力が加わると個人の力が如何に無力であるかを解かり易く映像化されています。 自白を最大の根拠とする検察と、どう客観的に見ても合致性の無い証拠の数々を根拠に一向に無罪判決を出さない司法。 ここに国民を更正に判断する正義は見当たりません。 事件発生以来50年が過ぎ、容疑者は2014年に釈放されましたが長年の独房生活で痴呆症と拘禁反応による精神疾患を患い原告の妹さんも他界しても尚、新たな証拠が発見されたと裁判継続のスタンスを崩さない国家権力。 悪しき前例を作らない為に国の威信を掛けてメンツを守る事を譲らない権力に正義はあるのだろうか? そもそも正義なんてのは庶民の思い描く絵空事でしかないのか? 常識的判断力のある人間なら誰しもが感じ共感する判断基準が、この事件の全貌には通用していない事を直球で映像にしています。 そんな事がこの日本でもあり得るという恐怖感さえ感じます。 主演の新井は風貌もあってか役にハマっていますし好演しています。 作為的に施された疑惑と圧倒的な力に因って人生を全て壊された上に、未だ国家権力に追い詰められる袴田巌元死刑囚。 評価しないレビューも読み、客観的に作品を鑑賞しました。 制作意図は袴田事件の支援サイドの意向が強いかも知れません。 それでも尚、「冤罪」と言う凶器の恐ろしさと袴田事件は冤罪である疑念が揺らぐ事はありませんでした。 映画として意味のある作品だと思いますので、年齢性別関係なく多くの方に観て頂きたい作品です。

  • smi********

    4.0

    人が人を裁く重さ

    新井浩文さんが好きで最初は軽い気持ちで観たものの、内容の重さに閉口しました。 あれだけおかしな証拠等々あっても無罪にならない。。。自白ってそれだけ比重が置かれてるんですね。それが例え無理やり言わされたものだとしても。。 本当の警察のすがたが映画通りなら何が正義なのかわからなくなります。 そして、人が人を裁くということは、その人の人生を左右させる重大なことだと、改めて考えさせられました。

  • jac********

    3.0

    ネタバレメモ

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • hor********

    2.0

    確認用

    裁判の流れの確認にはなる。 みそ樽からのズボンなどの証拠品の出現の唐突さ、異様さがわかりやすい。

  • qua********

    5.0

    冤罪事件

    某県でも婦女暴行冤罪事件がありましたよね。 ただ、本件の場合は後に真犯人が見つかった事件ですが。 無罪を主張しても全く話しを聞いてもらえず、あたかも実行犯と決めつける警察管内。 思わぬ濡れ衣を着せられ、やってもいない事件の犯人に仕立てられた無罪放免の男性。 懲役3年の刑に服した後、その後の人生が大きく変わった事について、言うまでもない。 「家族も容疑を認めた」と誘導し、強引なやり口で自白を認めさせるという、不条理な取り調べを行った上に、確たる証拠も無しに逮捕までするとは警察内部が腐ってるとしか思えないわ。 真犯人が逮捕されていなかったら、どうなっていたのだろうか? いずれにせよ、警察の杜撰な捜査には吐き気がするし、怒りさえ覚える。 で、本作の「袴田事件」も似たようなもんだが、一つ異なるのが「真犯人が逮捕されないまま」なのである。 この作品のテーマが「裁き」ならば観点から大きくズレているのではないのか? 警察、検察の不祥事はあってはならないですよね。 一人奮闘した熊本裁判官の思いが、痛い程に伝わってくるのだ。 因みに、裁判員制度の導入については、理解しようにも出来ないね、個人的には。 有罪か無罪か・・・本作を観てみて、裁判員制度の在り方には疑問を感じてしまった。 万が一、無罪の人間を有罪にしてしまったら・・・。 そんな恐怖を感じずにはいられない。 (誤った判断を全くしないとは言い切れないからだ) この作品、多くの方達に観て欲しい。 とてつもなく重苦しい作品だが、監督のメッセージが詰め込められてるのは、確か。 ただ、「わざわざ映画化した意味合いが?」と、疑問を感じてしまう方も少なからず居るだろう。

  • ごぉ

    5.0

    監督の姿勢と込められたメッセージ。

    裁判官として萩原聖人が苦悩する演技で、微かに蘇ってきた既視感。 だいぶ以前にこの作品を鑑賞したことがあっただろうか。 それとも萩原聖人が裁判官役を演じている映画やドラマが他にあり、かつてそれを鑑賞したのが想起されたのか。 朴訥とした演技から伝わってくる苦悩、葛藤、自責感。 声にならない悲痛な叫びが、観ている僕の胸に、直接届く。 無力感で腑抜けになるのではなく、裁判官を退官後、個人としてできることをコツコツとやる。 自分が担当した裁判で、“冤罪である”(無罪であるのに有罪判決を下してしまった)と信じた事件の証拠集め。 普通ならここまでやらない。 無力感に苛まれながら、忘れようと努力して、別の道に進むか。 自責感でいっぱいになり、自分の人生をダメにするか。 司法制度があり、システムが整った近代国家であるはずの日本で、なぜ自分がやらなければならないのか? 警察などの組織は、正義を当然として、正常に機能しないのか? 正義がまかり通らない国家と対峙して、一個人が敵うのか? 腹立たしい気持ちが、常に拭えないはず。 自分の無力感と、常に向き合ったはず。 たまたま裁判を担当した赤の他人ではなく、 大切な人も、守らなければいけない人も、他にいるはず。 周囲からも、家族からも、事件に拘ることを反対されたはず。 「裁判という場で、あそこまで精一杯やったのだから…」言い訳が頭をよぎるはず。 熊本典道というひとりの男の半生記。 「事件は無罪であるとの確証を得ていたが、裁判長の反対で死刑判決を書かざるを得なかった」 袴田事件の支援者に手紙を書いたという。 判決文の付言では、異例の厳しい口調で、検察の捜査・立証を批判した。 人権派の裁判官として知られたが、退官後は、酒の上でのトラブルが絶えなかったという。 袴田容疑者の取り調べは、紅林麻雄という人物の部下が行ったらしい。 紅林麻雄。 数々の事件を解決し、表彰を受けた名刑事といわれた人物。 のちに、無実の者から拷問で自白を引き出し、証拠をでっち上げた上で数々の冤罪をつくったとして批判された。 取り調べにおける拷問と、それによって得られた自白をいかに合法とするかを考案した「拷問王」。 実行には直接関与せず、部下に指示を出していたという。 実績をつくるために、エスカレートしていったんだな・・・ 容易に想像できる。 褒められれば、また褒められたくなる。 人間の本質は、本当に怖い。 GEO rental DVD

  • agi********

    4.0

    丁寧なつくりだが長く感じる時間がどうか?

    映画自体が長く感じる 丁寧で正攻法なのは好感がもてるが 題材の難しさがその原因ではないか? 現在進行形の事件の取り扱いだけに 割り切れない思いが残る どちらともいえない問題提起的映画だが ここははっきり支持を送っても良かったのではないか? 良作だが疲れる

  • kap********

    3.0

    まずは事件を知ることが重要です

    コレ、ま~所謂、袴田事件の話です。 とはいえ、どういった事件なのかとか、詳しく知らず、聞いたことある・・・位でした。(すみません) 本当の話ですが、新井くんだということで興味を持ち、見たのですが、何とも言えない気持ちになりますね。 だって、明らかに矛盾してるのに認められなかったり、変な圧力がかかって身動き取れない状況にどんどん置かれていくのを見てるとゾッとしました。 この話、多少の脚色があったにせよ、基本実際の話なんですよね??? こんなことありえるんですかね????? だけど、今はそれも改善されて・・・と思ったらまだ解決せずにいるじゃないですか! ここまで、おかしなことが並んでるのに覆らないもんなんでしょうか? としたら、ほんとの真犯人は??未だにどこかに潜んでる?それもコワイ。 もう、事件が事件なので、真犯人はこの世にはもういないのかもですが・・・ で、せっかく疑問を投げかける映画なのに、あまり浸透してないのが残念でなりません。

  • yos********

    3.0

    これは、プライドからくるのか?

    よく耳にする「袴田事件」 私が生まれる数年前の事件であるが 今なお、真実が語られることはない。 40数年前の事件とはいえ これが誤った判断だったとするならば 警察のプライドっていったいなんなんだ と疑問に思う。 誤りは誤りだと正せばいいではないか。 そうやって、過ちを犯した人間を正している とプライドを持って職務に就いているのでは ないのか? そんなちっぽけなプライドが 自分たちの誤りを正せないのか。 少なくとも、この40数年、罪を犯しておきながら 何事もなかったかのように生活をしている(していた) “真犯人”がいるかもしれないのに。 そう考えると、非常に不快に思えてならない。 自分が正しいと思う心も時には必要だとは思うが 間違いを間違いと認められる強い心こそが 必要なのではないだろうか。 ただ、裁判員制度か開始された昨今 私たちにも無関係な話ではなくなる。 その時に、自分がどんな判断ができるのだろう。 そう考えると怖くなる。

  • miy********

    4.0

    裁判員制度へ向けて

    この映画自体、既に始まっている日本の裁判員制度への提言を意識して作られている。 それを目的とし、元裁判官・熊本氏の視点と半生記スタイルを取り、冤罪の疑いがかなり強い袴田事件を舞台として、「裁き」そのものを見つめ直す映画である。 袴田事件のドキュメントと見るには少々足早で物足りない面はあるが、恐らく映画で描かれた事象は実際の証言に基づくものなのであろう。 映画以外にも書籍で読んだ事のある者としては、「それでもボクはやってない」という映画同様、日本の警察、検察、裁判機構は基本的に江戸時代以前と何ら変わらない思想の元に運営されているのだな、と感じるところである。 精神的に追い詰められた上で発する言葉が真実に近いのか? 直接的証拠がなく状況証拠のみ存在する事実は、本当に真実だけに向いているのか? 状況は第三者が恣意的に真実となるように向けられた可能性はないのか? 証拠とは警察機関から出てきたものが証拠なのか? 警察とは悪い事をした人を捕まえるのが仕事である。 その為の捜査権を持っている。 決して仕事をこなす為の捜査権を持っているのではない。 検察は警察がきちんと捜査という仕事をしたかどうかを調査する機関である。 警察の言う事を右から左へ流す機関ではない。 裁判所は精査された証拠を元に罪を吟味し、有罪無罪を決め、課す責任の重さを決める場所である。 決して「罪の吟味をするだけ」の機関ではない。 裁判員制度の前提として、警察・検察・裁判、この3つの機関が本当にその役割に忠実に機能している事、それが民間人が裁判官の役割を担うこの裁判員制度の前提だと思う。 正常に機能しているのならば、法曹界だけの閉鎖的な社会においての判断になってしまい、世相を全く反映しない、ともすれば誤りの含んだ判決を出してしまいかねない。 その意味では、裁判員制度は意味のあるものとなろうが、この映画や「それでも~」のような「切り捨て型民主主義」を命に関わる事例に当てはめるのが通例である機関、更には仕事をする為の仕事を余儀なくされる機関から出てきた情報を信頼しなければいけない歪な情報伝達を元に、民間も絡めて合議するのには反対である。 それはもはや人を裁く、のではなく、人を判断する、だけなのである。 判断するだけなのであれば民間を巻き込むのではなく、プロの方々だけで責任を負って貰いたい。 民間にその責任を肩代わりさせないで頂きたい。 裁判員制度をやるのなら、裁判制度の改革だけでなく、捜査機構の改革もしなければ意味がないのではないか? この映画にはそういう全体的な想いが含まれている。 この映画で映画的に少し残念だったのは、袴田事件のドキュメントというより、熊本氏の半生記の意味合いも結構重きに置いている関係で、かなりドラマ仕立てで説明的な台詞を萩原聖人に喋らせている事と、映画ラストの抽象的な展開・演出で「裁き」という事とかけ離れた締まりのない展開になってしまった事である。 それを除けば、裁判だけでなく、直接事件に関わる捜査機関にもメスを入れなければいけないのはないか?、改革には片手落ちではないか?、罪を背負わせる代わりに生命を奪って良いのか?、それらを内包した秀作である。

  • viv********

    5.0

    ずっと見るのが怖かった

    袴田事件が冤罪の可能性が非常に高い事件だということは 数年前から知っておりました。 だからこそ、この映画を見るのが非常に怖かった。 辛くて胸が苦しくなるとわかっていたから・・。 袴田さんが釈放された今だからこそ 見ることができます。。。

  • rio********

    5.0

    まだ続いてるのにびっくりした!!

    知らなかった!! きのう夫婦で見て、びっくりした! こんなことがあってたのは昔のことだと思ってたけど、 今も、まだ刑務所に入れられているなんて! あたしたちが暮らす日本恐い。 ありえない。。

  • p_h********

    5.0

    映画は社会を変えられるか?

    今日、この時に、刑務官の足音が聞こえる度に、今度こそ自分の死刑執行の順番かと怯える毎日を送る冤罪被害者がいる。 しかもその毎日を40年間も続けているというのだ。これほどの地獄があるだろうか? 袴田さんはこの映画の中の手紙で言う。死刑執行が恐いのではない、死刑執行に怯えること、そもものが恐いのだ。 彼は精神を病み73歳の今では自分が再審請求をしていることすら分らないと言う。 本当に彼が冤罪なら、一体誰の責任だというのか?こんな無残な事件が放置されたままで良い筈が無い。 勿論、この映画の主人公の裁判官・熊本典道は、疑わしくは罰せずの原則を貫けなかった自責の念から、裁判官を辞めて今でも支援活動を続けている。勿論、担当警察官の罪は一番重いかもしれない。 しかし、私は思う。一国の制度の弊害はその国民一人一人に等しく責任があると。だから言う。この映画は絶対に見るべき映画なのだ。この国の司法制度の歪みは、心あるものなら全員が目撃しなければならないのだと。 この映画は、袴田事件の真実を、非常に冷静に、そして的確に抉り、そのはらわたを私達に見せ付ける。映画に何が出来るか、その切々とした訴えはまるで祈りのようだった。映画に社会を変える力があると信じた人達に私は感動する。 この映画を企画し、私達に見せてくれた関係者に深く感謝します。 そして重ねて言いたい。この映画は絶対に見るべきです。

  • yam********

    5.0

    ネタバレ教えてください。

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • aav********

    5.0

    【ボックス!】以上の意味を持つ【BOX】

    この映画に原作は存在しません。 なのでこのタイトルも、市原隼人主演の【ボックス!】の人気を見越して、 その人気にあやかろうと後付されたのではないかと思っていたのですが、 最後まで観て納得。この映画のタイトルは【ボックス!】以上の意味を持つ【BOX】でした。 それは【戦え!】という意味のボックスでもあり、この 【B】 【O】 【X】 という、 アルファベットにもまた、別の意味が込められているのです。 今、この時代だからこそ、この【BOX】というタイトルは、 深くて重い問いかけを私たちに迫ります。その真意は是非映画館で… < 袴田事件 > とは… ※注 現実に起きた出来事を記しますが、それ自体映画の内容ですので、ネタバレでもあります。 1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市の味噌製造会社専務宅が炎上。 焼け跡から一家四人の刺殺体が発見され、さらに金品も強奪されていた。 容疑者として挙げられたのは、味噌工場の従業員で元プロボクサー『袴田 巌(はかまだ いわお)』 その工場の従業員が皆、親戚か友人だけであったのに対し、 彼だけ、遠州(現在の静岡県西部)からのよそ者だったこと 殺害された主人が柔道2段だったことから、 同様に何かしらの格闘技を体得していた者であったこと 妻に逃げられたらしく、多少の借金があったのではないと疑われていたこと 事件当時、彼が何かしらの理由で指に怪我をし、 さらに、着ていたパジャマに小さな血痕が付着していたこと などが主な理由として挙げられた。 一度は逮捕された袴田だったが、決め手となる物証がないために即釈放。 しかしその後も有力な証拠が見つからず一向に捜査が進展しないため、警察は上に挙げた理由を元に袴田を再逮捕(1966/08/18) 犯行を頑なに否認し続けた袴田だったが、約3週間の取調べののち、拘留期限の切れる3日前になり一転して自白(1966/09/06) 起訴される。 その後開かれた第一回公判で、袴田は再び起訴事実を全面否認。裁判は混沌としていく。 はじめは検察側が用意したごく少数の供述調書のみで公判が進められたが、 警察の取調べ内容に疑問を感じた裁判官『熊本典道(くまもと のりみち)』は、 全ての供述調書を提出するよう、検察に求めた。 その調書には、取調べにより日替わりで変わる犯行動機、そして、 毎日12時間近く、休むことなく続けられる取調べの様子が淡々と記されていた。 自白の信憑性を疑い始めた熊本。その上、あらゆる物証が決め手を欠き、裁判は長期化することとなる。 しかし、事件発生から1年以上が過ぎた1967年9月13日、前代未聞の事態が起こる。 検察側が冒頭陳述を変更すると言い出したのだ。理由は、新たな物的証拠が見つかったため… それも、一度は警察によって捜索されたはずの味噌樽の中から、犯行時に使用されたとされる衣類が発見されたのだ。 その後、信憑性のないほぼ全ての供述調書は破棄すべきと訴える熊本に、警察と検察の区別もつかない一般人の袴田が、 長時間にわたる警察の取調べの合間に行った検察の取調べ調書に関しては適正な手続きを経て行われたとされ、裁判長は、 警察とほぼ同じような環境で作成された調書であるにも関わらず、破棄はできないと主張する。 次々と検察側から出される証拠が、次々と判然としないまま消えてゆく中で、最後まで覆らなかったこの一つの検察調書が、 平行線をたどる裁判官同士の話し合いの基準とされた結果、<多数決>により、死刑の判決が下されるに至ったのである。 しかも裁判長は、最後まで無罪を主張し続けた熊本に、主任判事という理由から、死刑を言い渡す判決文を書かせたのである。 その後、裁判官の職を退いた熊本は独自の調査を続け、その結果を袴田の担当弁護士に匿名で送り続けるも、 『昭和51年5月18日 東京高裁 控訴棄却』 『昭和55年11月19日 最高裁 上告棄却』 『昭和55年12月12日 死刑確定』 今もなお、彼らは(BOX!)戦い続けている………… あまりにも杜撰すぎる捜査、取り調べ、そして裁判。これが、袴田事件の大まかな概要である。 その後の【松本サリン事件】などを見ても、日本におけるこの恥ずべき事実が全く教訓として生かされていない現実。 そして時は現代へ… この物語の次の主役は < あ な た > です。この意味が分かりますか? < 命 > とは… それは、あなたがこの物語の主人公になったとき、初めてその答えが見つかるのかもしれません。 追記 なぜでしょうね。自分、熊本が刃こぼれの数を数えているシーンで涙が溢れてきました。 正直あまり期待していなかったのですが、驚くことに自分にとって今年一番の映画です。

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