4.0点
袴田事件について知らない最近の人たちには、一度はぜひ見てほしい映画ではありますが、「ああこれが袴田事件か」と納得して終わりにしてほしくないとも思います。 例えば石橋凌さん演ずる立松刑事。 あるいは大杉漣さん演ずる吉川検察官。 この映画での彼らは、要するに自分が手柄を立てるためなら被疑者を拷問しても殺しても屁とも感じないただの怪物であり悪魔です。 こういう狂った連中が警察や検察を牛耳ってるからこんな冤罪が生まれるんだ、と、この映画を見た人たちは思う。 いやいや、問題はそういう個人の良心の欠如なんていうちっぽけなところにあるんじゃないでしょう。警察や検察にもっと良識を持った人たちが増えれば冤罪は生まれなくなる、なんていうことじゃないでしょう。 問題の根は、日本の警察組織、司法制度そのものにある。 最近のテレビドラマでも、日本の刑事裁判の有罪率が99.9%という異常な高率であることを問題視するものがありました。 いったん起訴されたら最後、被告が裁判で無罪を獲得できる確率は0.1%って、おかしくないですか? 警察や検察ってそんなに神様みたいに間違いを犯さないところなんですか? この映画でも「疑わしきは被告人の有利に」という裁判制度の大原則が言及されていますが、心情的にはどんなに被告人が疑わしく見えても、被告人が犯罪を犯したことに対する「合理的な疑い」の可能性が存在する場合は、被告人を有罪にしてはならない、という法治国家の大原則が、この日本では今でもまったく通用していません。 さらに、仮に裁判が被告人に無罪判決を下したとしても、限りなくクロに近く見える人を、ネットが発達した今では世間が放っておきません 被疑者の実名や住所や家族の勤務先などをSNS上で暴露し、被疑者がこの社会で生きられないようにすることを、正義の実行だと信じている人たちが世の中にはあふれている。 仮に99人の犯罪者を無罪にしたとしても、1人の無実の人を有罪にすることがないようにすること。それが裁判制度の鉄則です。 などと言ったら、「バカいうな、99人の犯罪者をブチこむ方が社会がよくなるに決まってんじゃん、そのためなら1人ぐらい冤罪でブチこまれたって我慢しろっつーの。だってさ、そんだけ疑われたってことは、その犯罪はやってなかったとしても、普段から問題行動が多かったわけじゃん。そういうヤツってのはさ、ぶっちゃけ、いなくなった方がいいんだよ、云々」と思う人って、多くないですか? こういう人たちが社会を作り上げている限り、冤罪はなくなりません。 問題は、立松刑事や吉川検察官などの個人にあるんじゃない。私たち日本人みんなが考え直さなければならない問題なんです。 この映画は、袴田事件のごく大筋だけを紹介しているだけで、ただ悪魔的な刑事たちを悪者に据えただけで終わっています。 まあ2時間弱の映画で、こんな根深い問題を完全に描写することが無理なのは仕方のないところでしょう。 だから、出来るだけ多くの人に、まずこの映画を見て、問題に興味をもっていただいた上で、この映画をこの問題についてじっくりと考える出発点にしてほしい。この映画に描ききれていない無数の問題を、自分自身で発掘してほしい。 そういう問題提起の映画としては、とても意味があるとは思います。