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王になろうとした男 (1975)

THE MAN WHO WOULD BE KING

監督
ジョン・ヒューストン
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  • みたログ 203

3.68 / 評価:79件

日本にも、今でも居るよね、こういう男たち。

  • 百兵映 さん
  • 2018年5月10日 18時39分
  • 閲覧数 378
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

 タイトルからして、どうも「本気ではない」お笑い系の作品かなと思いながらDVDを再生した。どこまで本気なのかお笑い草なのかが分からないまま進んでいく。フリーメーソンが登場する。秘密結社であるはずが、こうもあっけらかんとメンバーを名乗るなんて、やはりお笑い系なのだな、とそのつもりで進む。この男たちが「奥地に行って王になろうと」、約束(=契約)を結んで旅立つ。多分なにかのパロディーだな、と見方が定まってくる。

 行った先の奥地には、なんとこんな所に、フリーメーソンのシンボルマークがあった。住民たちは、新入者が身に着けている時計にフリーメーソンの紋章を見て、待っていた「王」だと信じて迎え入れる。ますます、パロディーだ。フリーメーソンをおちょくっているのか。

 王になった男が少々調子に乗り過ぎた。王ではなくて神になろうとした。相棒は「契約」のとおり、「そろそろ帰ろう」といい、王になった男は「神になりたい、残る」という。相棒が言う:「正気か?(Have you gone barmy?)」 ―― 私が最初からこの映画そのものに抱いていた気持ちが作中の主人公の口から発せられた。そうだよ、正気か? 本気か!

 彼と相棒は、「人間が神になろうとした罪」で、弾劾・追放されて、この物語は終わる。なるほど、お笑い系を装ったパロディーであり、本気なのだった。暗喩だった。これほど当たり障りのある歴史の深層部を触るのだから、こんな具合にお笑い風にパロディー化するしかできないのだろう。

 現代の日本の形を作った幕末・維新の内乱もまさにこれだったのだ。薩長の志士を唆して、反乱軍を組織し、武器を売って暴利を貪る英国からの“死の商人”グラバーがれっきとしたフリーメーソンメンバーであった。受けて立つはずの幕府官僚にも、実はフリーメーソンのメンバーが居た。幕府は無条件降伏しているのに、死の商人に買わされた武器消費のために、戦いの相手を東北勢に向けて酷い内戦に発展させた。随分潤った英国は無傷であった。この映画では弾劾・追放された外国人だったが、我が“維新”政府は弾劾も追放もしなかった。

 こういうのを日本でも作ればいいのに。『王になろうとした男たち(日本版)』。さあ、主人公を誰にするかな。居る居る、いっぱい居る。

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物語
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