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最後の忠臣蔵 (2010)

監督
杉田成道
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4.09 / 評価:919件

役者の品格 恋の風格

  • シネマクリップ さん
  • 2015年8月16日 8時07分
  • 閲覧数 2336
  • 役立ち度 9
    • 総合評価
    • ★★★★★

まず片岡仁左衛門。彼抜きでこの映画は成立しなかったのではないでしょうか。

忠義の士、大石内蔵助が、不義の子を生んでいた……この設定を知った段階で、私は瀬尾孫左衛門にも可音にも感情移入できないだろうと思っていました。

大石は家臣の孫左衛門に自分の隠し子可音とその母のことを託します。ただし討ち入りという無法を犯した大罪人(大石)の子であることは、世間にはもちろんのこと、例え身内にも知られてはならないので、討ち入りに参加せず逐電してくれ、という条件つきで。自分の不始末を押しつけ、武士としてこれ以上ない汚名を背負わせ、他人の人生を左右するなんて自分勝手も甚だしい。

ところが大石内蔵助を演じる片岡仁左衛門。

歌舞伎を観劇したことはありませんが、本当に鳥肌ものの役者ぶりでした。彼の万感籠った表情を見ているうちに「ああ、そういうことだったのか……それなら仕方がないなぁ」と思ってしまったのです。何が仕方なかったのか、その時には考えもしませんでした。

「本当に人を救う尊い仕事をしている男が、ある朝交差点で世にもHなお姉さんの後ろ姿に勃起し、さらにその日のうちに幼い娘に八つ当たりし、妻と話しあって高次の愛に接し……」(『アムリタ』吉本ばなな)というように、人間の本性は本来混沌としています。しかしそんな自分を良しとせず、より良い生き様を思い描く姿勢が人間の品格を醸し出します。

片岡仁左衛門は、数百年もの間受け継がれてきた歌舞伎役者の品格でもって、混沌とした本性を包み込むような生身の大石を演じていました。役所広司、桜庭ななみ、佐藤浩市の演技も素晴らしかったのですが彼の演技がなければ、本作品にこれほど感動することはなかったと思います。

もちろん、見所はそこだけではありません。

冒頭、曾根崎心中の唄が宣言しているように本作品は心中モノ、テーマは恋です。

16年間、ほぼ2人きりで山中に隠れ住んできた孫左衛門と可音。孫左衛門は主命のために棄てた武士としての誇りと意地を愛情という形に変え、その全てを可音に注ぎ込みます。そんな状況下で育まれた2人の愛情が、父と娘ほど年齢が離れているとはいえ、男女の情へと変わっても不自然ではありません。

可音は幼いゆえに自らの気持ちに正直ですが、孫左衛門は自分の気持ちを肯定できません。ところが曾根崎心中の観劇後、主命を全うすることで完結する人生とは別に、心中するという、もう一つの人生の選択肢があることに気づき、孫左衛門は悩みます。曾根崎心中を喰い入るように観劇していた可音の姿は離別より心中を望む意志を示すかのようでしたが、それでも愛する人の命を絶つことは想像するだけでも辛いもの。

つれない態度の孫左衛門に苛立ちながら、想いを募らせる可音に変化が生じたのは、孫左衛門と寺坂吉右衛門の対面を目の当たりにした時でした。主命のためとはいえ武士としての誇りと意地を棄てて生きて来た2人の男が、互いのこれまでの辛苦を想い、名前を呼び合ったまま涙を滲ませて絶句する姿を見て、可音は自分の存在が孫左衛門を想像以上に苦しめてきたことを悟ります。

孫左衛門をもう苦しめたくない、幸せになってほしい、そんな気持ちに導かれるように、可音は豪商茶屋四郎次郎の跡取り息子修一郎との縁談を承諾します。

輿入れの道行は、曾根崎心中の道行の唄が暗示するように、孫左衛門がその後取る行動を予感させ、実際、可音を嫁ぎ先へ送り届けた後、彼は切腹します。刃を腹に突き立てる直前、孫左衛門の脳裏に浮かんだのは主君である大石内蔵助ではなく赤子から少女へと成長してゆく可音でした。主君ではなく、愛する可音に殉じた最期だったといえます。

孫左衛門への想いを押し殺して嫁いでいった可音と、可音への想いを胸に切腹した孫左衛門。悲しいラストですが、どこか不思議な幸福感に満ちていたのは、曾根崎心中が「未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり」と唄って締めくくったように、本作品も、恋にまつわる幸せを描いていたからだと思います。

輿入れを前に、孫左衛門と可音の抱擁シーンがありますが、それは互いの想いを全て受け容れ、心が通じた瞬間を捉えた光景でした。そして道行の途上、可音は続々とお供を願い出てくる旧赤穂藩士と対面し、実父大石内蔵助の人徳と、彼が軽薄な浮気心ではなく、祝福すべくして自分を生んだことを知ります。また切腹の際、孫左衛門は、大石に下賜された羽織を脱ぎますが、可音の仕立てた着物は着たまま果てます。最期を看取った吉右衛門が「おぬしは最後の赤穂浪士じゃ」と言って、着物の上からその羽織をかけてやりますが、それは孫左衛門が武士の本懐も遂げたことを象徴しているようでした。

人間の複雑な本性を演じきった役者と、恋の風格とでもいうべき上品さと荘厳さを描ききった脚本に最大限の賛辞を贈りたいと思います。

よって評価は5です。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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  • 悲しい
  • 切ない
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