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セラフィーヌの庭
2010年8月7日公開

セラフィーヌの庭

SERAPHINE

1262010年8月7日公開

じゃむとまるこ

4.0

画家の本質って本来はこうなんですけどね。

セラフィーヌの絵、プリミティヴで幻想的、しかしどこか偏執的な狂気を感じさせる。 この映画にに描かれているセラフィーヌも頑なで偏った人物です。 無垢で、美しく、純粋、そんな大人は狂人と紙一重です。 そんな彼女を支えたのは自然を愛し、聖歌を歌い、神を信じ、絵を描くことでした。 世俗を意識しない心のままを絵に描く、描かずにはいられない、これが画家の本質でしょう。 色彩学を学び、デッサンを学びテクニックを身につけたとしても人の心をとらえる絵は描けません。 本来、描きたい、表現したいもの、それが人の心をとらえるほどの意味があるかどうかです、テクニックはそのための手段でしかありません。 上手い絵はたくさんあります、しかし歴史に残っている絵にはそれ以上の何か、があるのです。 セラフィーヌの絵の魅力、これは狂気を孕んだ精神力の訴えてくる心象風景が、私たちの心の中にある同じような部分に感応するからのような気がします。 だから、普遍的な絵画ではない、同じような部分を持っている人はそう多くない。 同じプリミティヴ派でも、アンリ・ルソーなどとは全く違うものなのです。 家政婦として働き、貧しく孤独な暮らしを送っていたセラフィーヌと彼女の才能を見いだし、彼女を一人の人間として画家として認め援助をしてきた、ユダヤ系ドイツ人画商、ヴィルへルム・ウーデ氏との心の交流を描いていますが、時代の波、第一次世界大戦、世界恐慌と、生き辛い時代に呑み込まれ、本来持っていた狂気の部分が大きく彼女を支配していきます、あの時代にしては長命で78歳でなくなるまで、晩年のかなり長きに亘って精神病院で過ごしたようです。 映画では、病院で暮らすセラフィーヌと、もう心は通じなくても、彼女を心にかけるウーデ氏との交流(とは言えないかも知れませんが)が、美しく描かれていて、ラストシーンにはしみじみと心に響くものが有りました。 ウーデ氏はゲイですが、とかく”美”を扱う人はゲイの方が多いです。 これには理由があるわけですが、それはさておき、このところその手の映画を観る機会が続いています、美形の方が多いのでそれも映画を観る楽しみですが・・・。 この映画を語るには不謹慎かもです(笑)

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