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セラフィーヌの庭
2010年8月7日公開

セラフィーヌの庭

SERAPHINE

1262010年8月7日公開

301SQD

4.0

不思議な絵を描いたおばさん

 信仰心が篤く、家政婦としての貧しい暮らしのなかで部屋に籠り、自作の絵の具を駆使して絵を描いていたセラフィーヌが、画商にその才能を見いだされ、画家として一時的な成功を収めてゆく。しかし、純粋無垢な彼女の精神は時代の流れのなかで徐々に破綻してゆく。  草花や木々と対話する彼女ではあったが、純粋さ故か、物事を深く理解することは出来なかったようで、それは周囲の人から見ればまさに狂気と写ったことだろう。  晩年は絵を描くこともなく、精神病院で過ごす。  偶然が作用しなかったら埋もれたままだったであろう実在の画家(というか絵が好きなおばさん)セラフィーヌと、彼女を見いだした画商ウーデの物語。  純粋無垢といえば聞こえがいいが、要するにわがままで融通が利かないわけで芸術家の精神のありようとしては、それはそれで支援する人間がいれば何とかなるのかもしれない。ただ懐具合も顧みずに浪費をされたら堪ったもんじゃないだろうと思う。作品が世に出て、ある程度評価をされるようになると、大きな部屋に移り、豪華な調度品を揃える。浪費は止まらない。彼女は本当にそのとき幸せだったのだろうか?貧しい時代の絵を描く姿勢のほうが無理がなく、幸せだったように見える。絵が売れて豊かになることを彼女は目指して絵を描いていたわけではないからだ。自然からの声、守護天使が命じて絵を描かせていると言ったそうだが、そのような制作態度だったのだろう。 この映画、そんなセラフィーヌの姿を、ドキュメンタリーをみているように見せてくれる。 端的に言えば、家政婦のおばさんが絵を描いて、最期は精神を病んでという半生を描いた映画だが、芸術性を発見した画商の援助の姿勢や、それを意に介さず好き放題する純粋無垢さなど、画家とパトロンの関係もみられて非常に興味深い映画だった。 画商ウーデは、アンリルソーの絵に最初に価値を見いだし、作品を最初に購入した人の中に属し、ルソーに関する論文を書き出版した人物でもあるようで、作中にもルソーの絵がチラっと出て来る。 ルソーはセラフィーヌと違い、かなり戦略的に自分の画風を確立させていった画家だと何かの本で読んだことがある。純粋無垢とは程遠い画家だ。画業とはそのようなものでもあるだろう。 セラフィーヌの絵には、世に出ようという戦略的態度は感じられない、プリミティブでミクロコスモスを感じるような絵だと思う。 興味がある方はご覧になってみては?    

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