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セラフィーヌの庭
2010年8月7日公開

セラフィーヌの庭

SERAPHINE

1262010年8月7日公開

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5.0

ネタバレ涙なしには見れない 果して幸福だったか

百六 原題:SERAPHINE 川で水草や岸で草花を採取するセラフィーヌ、教会に入る アパートの家政婦やシーツの洗濯の手数料等で 生計を立てていたのでアパートの廊下を 掃除する、終わって草原に行き木に登る。 週に3度掃除等で来ていたセラフィーヌだが、 庭にいたウーデが紅茶を持ってきてと頼み持ってきた足は裸足、 シーツの洗濯物を届けに行った家では庭の野イチゴを 勝手に食べて怒られる。 肉屋でも働いていてそこでは肝臓から出た血を持ち帰る、 教会に行き溶けた“ロウ”を持ち帰る  持ち帰った草花をすり潰し、“ロウ”をいれ絵の具を作る そして賛美歌を歌いながら絵を描く、 アパートでウーデがセラフィーヌに紅茶を頼むと 自家製の酒を勧める(スタミナ酒) 傲慢な雇い主がセラフィーヌが絵を描いていると聞きつけ 「見てあげるから明日持ってきて」と言う。 雇い主が「描くだけ無駄」と部屋の隅に置く、 アパートの大家がウーデが有名な画商と知り 知人の集まりに誘う、偶然セラフィーヌの 絵を見つけ「買いたい」と申し出る、仕事日に台所に 彼女の絵が飾ってあり気付いた ウーデが「他に絵は?今すぐ見たい」 絵を見せてウーデはそれらを購入する。 別の日に掃除をしていた彼女にウーデが友人や収集家が 絶賛していたと褒めても初めは信じなかった、どうしてそんなに 仕事をするのだと聞かれ彼女は 「一生懸命に働けば鍋に神が見える」と答える (ウーデはピカソやルソーを見出した事で知られる) 翌日アパートにウーデが訪ねて来て 「絵を見せてくれ」「明日持ってゆきます」 ウーデが誰に絵を教わった?と聞くと「誰にも」 どうして絵を描くようになった、 きっかけは?と聞くと「神のお告げ」。 そしてウーデは「才能はあるが努力の余地がある、 文句言うやつなんか無視して私の画廊で絵を展示する」 第一次世界大戦が始りそうになりドイツ人ウーデは ドイツ軍に捕まれば処刑されるのでフランスを去ることに、 セラフィーヌには「絵を描き続けろ」と言う、彼女は アンヌマリーがウーデの恋人と思って機嫌が悪くなる、 そして彼女は「私は生まれてきてずっと罵られてきた」 アンヌマリーは妹とわかり誤解は解ける 大戦が勃発してウーデとアンヌは国外へ行く。 戦争中にも彼女は苦労しながらも絵を描く、 仕事先のアパートに忍び込み 食料を盗んでウーデの部屋では手帳を持ってゆく、 そして初とは比べられないくらいに絵が上達してゆく。 1927年フランス/シャンティ 戦争が終わり1人の青年が ウーデを訪ねて来る、彼はル・モンドの記者でウーデに インタビューしに来たがフランスに戻った理由は 「コレクションの回収」。ウーデとアンヌマリーは青年画家の パトロンになっていたが彼は肺結核だった。  そう遠くない所でセラフィーヌはシーツの洗濯などを していたが相変わらずの生活苦でいつも絵の具を買う店では 店主に昼食の残りの肉を貰う、アパートでは近くに住む若い女性 (ミヌーシュ)がスープを持ってくるが 「今日は食べたので明日食べる、シーツを洗って返す」 ある日新聞を読んでいたアンヌマリーがオアーズ県 サンリス市で展示会をするとしていたので若しかして・・・と思い、 ウーデが会場に行くと遥かに上達した彼女の絵があった、 ウーデが彼女のアパートに行くと 「戻られたのですか」「「絵が良くなった感動した」と言うと 「からかってるんですか」 「掃除の仕事は辞めて絵に専念してるが大変です」 新聞でも彼女の絵画は絶賛される ウーデが毎月一定額を払い援助する事になる。 彼女はアパートの2Fの空室全てを借り切り アトリエにして銀食器や皿等を買い込む、そして絵を描いてゆき ウーデは「パリで展示会を開こう」と言う、彼女は 時間を惜しむように絵を描き続ける、そして彼女は家を買おうとしたり、 ウェディングドレスを作ったり友人のミヌーシュに ドレスを作ってと言って前払い金を支払出でてゆくが、 その頃のニューヨークでは株の大暴落で恐慌が起こりつつあった、 ウーデとアンヌマリーが訪ねて来て家を買おうとしているが 払えるお金が無いと言う、個展の中止が電話連絡を受けたラフィーヌは 「天使に知らせたから困る」と罵声 ある日彼女はウェディングドレスを着て銀の燭台等を 近隣の玄関に置いていって配りまくる、心配した大家やミヌーシュが 後を追うが住人が警察に通報して連行され 精神病院に強制入院させられる 病院でのセラフィーヌは周囲の者と馴染めずまた “更に上の人間”がいて混乱する。 隔離室に入れられベッドに拘束された時にウーデが見舞いに来る、 会えなかったが大部屋から個室へ移動する。 1937年にウーデが絵が売れた事を伝えに来たが医者は 「面会は止めた方が良い」と言い 彼女も絵は「夜寝ている間に消えた」 942年にセラフィーヌは没し、 ウーデによって作品が紹介され絶賛されたと。

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