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アブラクサスの祭 (2010)

監督
加藤直輝
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2.88 / 評価:58件

解説

現役住職で芥川賞作家である玄侑宗久の小説を映画化した人間ドラマ。うつに苦しみながらも、かつて熱中した音楽に向き合うことで懸命に生きようとする僧侶と、彼を温かく見守る周囲の人々の姿を描く。監督は、東京藝術大学大学院で北野武、黒沢清らに学んだ新人の加藤直輝。主演は、映画初主演となるミュージシャンのスネオヘアー。彼の妻に『ちょんまげぷりん』のともさかりえがふんするほか、ベテランの小林薫ら多彩な顔ぶれがそろう。

シネマトゥデイ (外部リンク)

あらすじ

かつてロック・ミュージシャンだったうつの僧侶・浄念(スネオヘアー)は、福島の小さな町で妻子と共に暮らしていた。何事にも不器用で、法事や説法すら思い通りにいかない彼が、ある日この町でライブを行うと言い出す。応援する人もいれば罰あたりだと怒り出す人も現れ、彼を温かく見守っていた妻の多恵(ともさかりえ)や住職の玄宗(小林薫)は困惑する。

シネマトゥデイ (外部リンク)

映画レポート

(C)「アブラクサスの祭」製作委員会
(C)「アブラクサスの祭」製作委員会

「アブラクサスの祭」あらゆる重力から解放された者の笑顔がそこにある

 一度は捨てた音楽を、再びやり始める坊主の物語。とはいえ主人公の坊主にとって2度目の音楽は、趣味や道楽や野心の充足のためとも違い、バカバカしいほど切実で、泣きながら笑ってしまう痛みを伴う生きることの崖っぷち、夜と昼の境目の危うい光の境界線上を走り抜けることそのものである。

 歌手であるスネオヘアーがそんな頼りなくも繊細で過激な坊主に扮するのだが、クライマックスの激しいライブの真っ最中に挿入されたスローモーションの中でアップになった坊主の表情は、果たして坊主の表情なのかスネオヘアーの表情なのか、俳優の表情なのか歌手の表情なのか判断不明。あらゆる重力から解放された者の笑顔がそこにあるのである。ああこれこそ誰でもない音楽そのものの姿なのだと思わず納得した瞬間、カットが変わり、妻(ともさかりえ)の笑顔が映される。それはまるで、そのときこの映画を見ている私たちの表情のようでもある。音楽と演奏者と観客と、その映画を見る観客。そんな幸福で果てしない繋がりが、ふたつの「カット=切断」とともに生まれるのだ。

 皆様、なにとぞこの一瞬をお見逃しなきよう。まさに映画を見るとはこの一瞬を見ること。このふたつの断片の重なりとともに永遠に包まれる、そんな有り難い瞬間がこの映画のクライマックスに用意されております。(樋口泰人)

映画.com(外部リンク)

2010年12月23日 更新

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