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スプリング・フィーバー (2009)

SPRING FEVER/春風沈酔的晩上

監督
ロウ・イエ
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3.84 / 評価:57件

解説

『天安門、恋人たち』の上映をきっかけに中国電影局より5年間の映画製作・上映禁止処分を受けた監督ロウ・イエが処分を無視し、ゲリラ的に撮影を敢行したラブストーリー。南京の日常の中で紡がれる普遍的な愛の物語を描き、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。出演は、『回路』のチン・ハオら。検閲という束縛がないことで自由な映画製作を行えたというロウ・イエ監督が、寡黙ながらも激しい感情をデジタル映像にとらえた静かで穏やかな画面に注目だ。

シネマトゥデイ (外部リンク)

あらすじ

夫ワン・ピン(ウー・ウェイ)の浮気を疑う女性教師リン・シュエ(ジャン・ジャーチー)は、その調査を探偵(チェン・スーチョン)に依頼し、相手がジャン・チェン(チン・ハオ)という青年であることを突き止める。夫婦関係は破たんし、ワンとジャンの関係も冷え込むが、その一方、探偵とジャンは惹(ひ)かれ合い始め……。

シネマトゥデイ (外部リンク)

映画レポート

「スプリング・フィーバー」求めなければ生きられない人々の狂おしい渇望

 ロウ・イエは様々な都市や時代を舞台に、毎回異なる関係を取り上げてきたが、物語は一貫してラブストーリーであった。今回はいまだ中国でタブー視されている同性愛が題材である。しかし彼が恋愛映画の監督かといえば、そうも言えない。

 どの作品の主人公も宿命的に背負わされているのは後悔と無力感、そして大いなる喪失感。つまり彼らの激しさは恋愛における情熱ではなく、失ったものを何とか補填しようとする情熱なのである。だが失ったものに取って代わるものなどあるはずもなく、結局情熱と虚無感によって穴は更に大きくなり、彼らは苦しみ漂泊していくしかない。妥協することも引き返すこともできない、しかし求めずにはいられない。そうしなければ生きられない人々の狂おしい渇望こそが、ロウ・イエの描きたいものであり、彼の作品を輝かせている源なのである。

 ある日を境に突然すべてが変わってしまい、どうにもできない無力感だけが残る、というどの作品にも共通するやるせなさは、彼が学生時代に天安門事件を経験した世代であることと深い関わりがあるに違いない。

 以前、ロウ・イエ自身は登場人物たちについて、「どんなに苦しくとも、求め続ける人は幸せだと思う。なぜなら彼らは、人よりたくさんのものを人生で得られるのだから」と語ってくれたことがある。

 「スプリング・フィーバー」に共感するのは同性愛者ではなく、求め続けるリスクの大きさとその苦い甘味を知っている人だろう。(木村満里子)

映画.com(外部リンク)

2010年11月5日 更新

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