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カウントダウンZERO (2010)

COUNTDOWN TO ZERO

監督
ルーシー・ウォーカー
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2.47 / 評価:19件

「核兵器は×、核は○」の仕組まれた映画

  • mur******** さん
  • 3級
  • 2011年9月6日 17時58分
  • 閲覧数 270
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

批判的にならざるを得ないですね。
いやらしくて、巧みで汚い、
「アメリカにとって不都合」とならない範囲の正義感に塗られた、
平和的ではない映画でした。

これはあくまで“アメリカ基準”の映画です。

「核兵器の廃絶」これ自体は正しいですよ、
ただこの言葉の重みを巧みに利用して、
他の要点に蓋をしましたね。
理由に以下の2点を指摘します。
「原子力発電所」については“一切”触れていないこと
世界への核拡散に至った「世界情勢」についても“一切”触れないこと
これに触れずに「核兵器の危険性」だけを全面に出して、正直、卑怯なんですよ。

映画は主に以下の3点の説明です。
1,核拡散の不可避性━濃縮ウラン等の管理の甘さを指摘、これによる盗難・密輸を防ぐ事は技術的に不可能で、実際、闇取引の内に多くの国々に渡っている。
2,核兵器製造の容易性━核物質(濃縮ウラン等)があれば、最低限の知識・技術と道具で、核兵器は簡単に製造することができ、実際に中東や北朝鮮が核武装に成功した。
3,核兵器使用の可能性━ケネディ大統領が言葉にした『事故・誤算・狂気』をテーマに、過去に事故や誤算により核兵器が使用にあと一歩と迫った過去を指摘し、テロに渡った際の狂気による使用も危惧した。
このように「核兵器の危険性」を十分に報道しました。
「報道」という姿勢においては、この部分は良いのですが、問題はこの後。
上記の解決のために映画が訴えたのは、
「ウランの濃縮は専門的設備を要するため、素人にはできない」のだから、
核物質の密輸を防ぐための取り組みの強化をする、という事
また、「核兵器の廃絶」のための国際的条約を締結して、段階的に核兵器を減少し、廃絶を達成するという事(現状においてもアメリカだけで最多所有時の半数に、世界でも6万発あったものが2万3千発に、減少に成功している)

ここで指摘したい疑問が、上記の2点なんです。
まず「原子力発電所」に触れていない点、
核物質を要する原発があれば、核拡散は起こりうる→核兵器製造は可能
その為、『「ウランの濃縮は専門的設備を要するため、素人にはできない」のだから、
核物質の密輸を防ぐための取り組みの強化をする』のではなく、
ウランの濃縮を行う専門的な設備を廃絶すること(核そのものを作らせない)が、つまり原子力発電所も認めないことも、核兵器の根源を切る手段であるのは、誰でもわかる話のはずが、それを映画は訴えない。
これは日本でも言えますよ。
実際、日本が不経済な原発を離さないのは、核武装の選択肢を残すためです。

もう一点が「世界情勢」です。
中東などの「核武装した側」の目的の一つは、アメリカの世界戦略に抗いたい、アメリカの新自由主義・市場至上主義に飲まれたくないための、「抑止力」として核武装したと思うんですね。これを無視して「核兵器の廃絶」を訴えても、世界の平和には繋がらない、場合によっては一層の戦争と、貧富の差が生まれますよ。

つまりアメリカは、映画のシナリオ通り進めば、
(アメリカだけが核兵器を持てれば理想だったが、)世界を滅ぼす兵器を世界各国が所有した現状では、アメリカの絶対的な軍事力は効果を出せない。アメリカの世界戦略のためには、核兵器を廃絶にし、その他の軍事力で勝負するベースを作った方が都合がよい。しかし、世界各国が核兵器を持たなくなっても、アメリカは原発があるから核物質は所持し、万が一の際の『核武装』は選択肢としては残す。

このように、「核兵器の廃絶」は正義論以上に、
アメリカのご都合主義の側面が強いんですね。
「核兵器の廃絶」を絶対的正論にするためには、
避けられぬ課題があるのに、それには触れずに人心を煽るという、
本当に不愉快な映画に思えました。

打算的で、要点からは逃げて、
大っ嫌いです!

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