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イップ・マン 序章

イップ・マン 序章

葉問/IP MAN

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hir********

4.0

ネタバレ「誇りある中国人」の物語!

(1) 1935年、広東省佛山は中国武術(カンフー)の町だった。武術館主のリュウ(廖)師匠が、佛山最強の詠春拳のイップ・マン(葉問)(1893-1972)と闘って武名を高めようとするが負ける。なお葉一族は佛山では桑畑や綿花畑、製糸工場などを経営しており、葉問は裕福な家の次男として生を受けた。 (2) 景気も良く平和な佛山であったが、ある日北部からカム・サンチュウ(金山找)と名乗る拳法家がやって来て佛山の道場主達を次々と破る。「もはや佛山に敵はいない」と豪語する。だが葉問(イップ・マン)の存在を知らされ屋敷に乗り込む。しかしカムは葉問に負ける。 (3) 佛山は再び平和を取り戻す。しかし1937年7月7日、日中戦争が始まる。1938年10月、佛山は日本軍に占領された。葉問邸は日本軍司令部として接収され、一家はあばら屋に引っ越し、その日の食べ物にも事欠く生活となった。 (4) 日本軍の通訳はかつて警官であった李で、空手を学ぶ日本軍の兵士達の組手の相手を探していた。「試合に勝てば米一袋をもらえる」と聞き、葉問の知り合いのラム(林)は試合に志願した。空手の高段者の三浦将軍が「3人を相手に組手を行う」と宣言。ラムと他の2人が三浦と闘うが実力差は歴然。ラム以外の2人は早々に負けを認めるが、試合を続行したラムは三浦の蹴りで絶命した。 (5) 翌日、ラム(林)の姿が見えないのをいぶかしむ葉問(イップ・マン)が、再びやって来た李に、「空手の組手の相手になる」と自ら志願する。道場ではリュウ(廖)師匠が、「3人と同時に闘いたい」と言う。しかしリュウは敗北し、佐藤大佐によって射殺された。葉問は「ラム(林)も殺された」と直感し、10人を相手に組手を申し出、勝利を収める。 (6) 三浦将軍は、いきりたつ日本兵練習生達を制止し、葉問(イップ・マン)に米を10袋与え「また闘いに来い」と言う。葉問は「米目当てに来たわけではない、二度と来ない」と答える。三浦将軍が名を尋ねると、葉問は「ただの中国人の一人である」と返答。しかし通訳の李が翻訳を変更し、「また来る、名は葉問である」と三浦に伝えた。 (7) 一方その頃、葉問の友人の周清泉は綿工場を操業していたが、山賊と化したカム(金)たちに脅迫されていた。カムの手下の中には、ラム(林)の弟のユン(沙)もいた。カムたちに暴行を受けた周は、葉問(イップ・マン)を護身のための武術師範として迎える。 (8) ようやく平穏な日々を取り戻した葉問(イップ・マン)だが、自宅にまたもや李が現れる。「三浦将軍が葉問との手合わせを望んでいる」という話だった。共に現れた日本軍の佐藤大佐が、妻を襲おうとしたため葉問はとっさに攻撃し、佐藤大佐と日本軍兵士を気絶させる。葉問家族は身を隠すことになった。 (9) やがてカム(金)一味が再び綿工場を襲う。葉問(イップ・マン)から詠春拳を学んだ従業員達が抵抗する。劣勢の中、葉問が駆けつけ形勢は逆転、カム(金)一味を追い払った。 (10) 窮地を切り抜けた綿工場だったが、カム(金)一味が仕返しに葉問(イップ・マン)の所在を日本軍に通報した。葉問は日本軍に拘束される。三浦将軍は「葉問の反抗は死に値するが、日本軍の格闘技師範となれば命を助ける」と持ちかけた。しかし葉問は拒絶。葉問は「自分の武術を知りたければ自分と闘ってみればよい」と提案する。 (11) 空手の腕に絶対的自信を持つ三浦将軍は、葉問(イップ・マン)との闘いを承知する。やがて佛山の町において、市民と兵士に囲まれ、「日中文化交流」の名のもと葉問と三浦将軍の試合が催される。序盤は三浦の技に手こずる葉問だったが、次第に三浦を翻弄し、最後に勝利する。葉問の勝利に観衆は大喝采する。だが佐藤大佐が葉問を背後から撃つ。 (12) しかし葉問(イップ・マン)は一命をとりとめ、現場の混乱のなか救出され、家族(妻子)と共に佛山を離れる。1945年、日本軍降伏。1949年、共産党政権成立後、葉問は香港へ亡命。1967年詠春拳協会設立、またブルース・リーの師匠となる。1972年葉問、逝去。 《感想1》日本軍の三浦将軍は、占領者として傲慢・威嚇的・暴力的だが、空手の武術家としては礼儀を重んじる者として一定程度、描かれる。佐藤大佐は横暴な占領軍(日本軍)の典型として傲慢・威嚇的・暴力的な上に、好色・卑劣とされる。 《感想2》映画は、葉問(イップ・マン)を、「誇りある中国人」であり、日本軍の中国占領を「不法」と主張し続けた人物として描く。 《感想3》映画はまた、「温厚で誠実な人柄」だったと葉問(イップ・マン)を描く。Cf. 長男・葉準によると、生前の葉問は争いごとを避け、「カンフーは喧嘩のためのものでない。他人を虐げるためにそれを使えば、勝っても負けてもそれはただの負けでしかない」と考えていたという。

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