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再会の食卓
2011年2月5日公開

再会の食卓

APART TOGETHER

962011年2月5日公開

xi_********

4.0

「食事」に移ろう、老人たちの心情

本作は10年に製作された中国映画で、国共内戦の際に中国と台湾に生き別れた夫婦の問題を採り上げた、謂わば「中国版離散家族」を描くヒューマン・ドラマです。 監督の王全安(ワン・チュエンアン)は、世界的に高く評価される中国第六世代のひとり。00年の処女作『月蝕』ではモスクワ映画祭審査員賞を、07年の『トゥヤーの結婚』ではベルリン映画祭金熊賞(グランプリ)を獲得しています。賈樟柯(ジャ・ジャンクー)や婁燁(ロウ・イエ)など方向性を見誤っている(と感じる)同世代の監督に比べ、物語に真摯な王全安の演出は、個人的には注目していました。 本作も、前作の『トゥヤーの結婚』同様に特殊な状況に置かれた家族(夫婦)間の感情を描く映画で、物語は、内戦に敗れて台湾へ逃れたひとりの男が、上海で生き別れた妻へ宛てた手紙に幕を開けます。 上海に暮らす女性・喬玉娥(盧燕)の下に、一通の手紙が届く。孫娘(莫小棋)が読み上げるその手紙の差出人は、50年以上前の国共内戦時に生き別れた玉娥の夫・劉燕生(凌峰)。台湾人の妻を失くした彼は、今回、台湾へ逃れて以来となる上海を訪れ、玉娥と再会したいと言う。長女(馬暁晴)と次女(金娜)はこれに大反対し、燕生との間に出来た長男(郁白楊)は感心を示さない。だが、戦後の混乱期に玉娥と長年連れ添った陸善民(徐才根)だけは、意外にも燕生を歓迎しようと言うのだが・・・。 この映画、秀逸なのは王全安(監督兼任)と金娜(次女役で出演)による脚本で、特筆すべきはその人物造形。 幾つかのレビューでも語られていますが、登場人物の心情は、こちら(観る人)の理解を超えるものでしょう。老いた燕生は妻(台湾で娶った女性)を失い、かつての妻(玉娥)に想いを馳せ、彼女を台湾へ連れ帰りたいと欲する。その玉娥も、現在の夫(善民)に感謝の気持ちこそあれ、そこに愛はなく、子供への責任感から連れ添って来たと言い出す。そして何よりも一番複雑な立場の善民が、一切の逡巡も見せずに「行きなさい」と言うのは、「さすがにそれはないだろう」と、思わず怒りに近い感情を抱きました。 結論から言えば、どうも私は、王全安と金娜(ジン・ナー)に弄ばれたようです(笑) 上海を訪れた燕生は善民の好意もあって、劇中、ずっと彼の自宅に投宿します。そこで繰り返し描かれるのが、この映画の原題でもある『圑圓(一家団欒)』。日本にも「同じ釜の飯」と言う表現があるように、「食事」を共にすることで感情が通うようになると言うのは、きっと洋の東西を問わないものでしょう。 本作の物語は、この普遍性を巧く利用し、繰り返し描かれる「食事」の場面の度に、登場人物の内面(胸中)を少しずつ明かしていきます。それが最も巧く、そして納得させられるのが、離婚のために結婚証明書を取りに行った日の「食事」。善民が自分の人生を大いに愚痴るこの場面は本当に秀逸で、「やっぱりそうだよなぁ」と、映画前半の歯噛みする想いを彼(善民)と共有して来ただけに、心から共感してしまう場面でした。 もうひとつこの脚本が巧かったのは、名女優・盧燕(リサ・ルー)が演じる玉娥の心中。映画の前半では理解し難く映る彼女の心中も、「食事」を重ねる中で徐々に明かされていきます。この巧みな描写は、恐らく、女性である金娜の功績。彼女は、「今の夫(善民)は良い人だが、愛するのは生き別れた夫(燕生)」と言う。聞けば、燕生との結婚は祝福されず、周囲には大反対されてのものだったのだとか。そして、善民とは半世紀ほども連れ添ったのに、燕生との結婚は1年程度。私は男なので完全に理解しているとは言いませんが、それでも、この辺までくれば何となく理解出来ます。あまりにも早くに終わった結婚生活ゆえに今もその想いを抱き続けるのだろうし、祝福されない悲劇の結婚だったからこそ、今もその愛を忘れられないのではないか、と。 盧燕、凌峰(リン・フォン)、徐才根(シュー・ツァイゲン)ら三人の老俳優は、貫禄の名演。物語終盤、それぞれに決断した三人だけの「食事」の席で、彼女が「天涯歌女」を謡う場面はこの映画のハイライトです。 玉娥と燕生、そして善民。 すぐには理解出来ない三人の心情を、「食事」を通じ、静かな演出の中で語り尽くす王全安。『再会の食卓』は、一見起伏のない物語を、実は巧みな人物描写の中で語り明かしていく、味わい深い映画。 中国では過去にも同じ題材(中台離散家族)の映画が数本ありましたが、同種の映画なら、私は、この映画をお薦めします。王全安が描くのは、老いたる登場人物たちの静かな心情の変遷。それが、この映画の見所です。

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