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アンチクライスト
2011年2月26日公開

アンチクライスト

ANTICHRIST

R18+1042011年2月26日公開

一人旅

4.0

反キリスト/教会の欺瞞

ラース・フォン・トリアー監督作。 幼い息子を事故で失った夫婦の苦悩を描いたドラマ。 『奇跡の海』(1996)『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)のデンマーク出身の鬼才ラース・フォン・トリアー監督による問題作。主演はウィレム・デフォーとシャルロット・ゲンズブール。文字通りの体当たり演技で子を失った夫婦の極限の苦悩を体現しています。ちなみに、ゲンズブールは本作の熱演によりカンヌ映画祭で女優賞を受賞しています。 セックスに夢中で幼い息子が窓辺から転落死したことに気付けなかった夫婦。深い悲しみと罪悪感に苛まれた妻は次第に精神を病んでいく。そんな妻を支えるため、セラピストの夫は妻を森の中の山小屋に連れ出すが…という“子を失った夫婦の葛藤と苦悩”を、日本ではR-18に指定された過激な性描写+暴力描写で4つの章に分けて映し出しています。 とりあえず単純明快な作劇ではありません。いつものフォン・トリアー節が炸裂した暗喩に富んだ難解・悪夢的なお話です。タイトルの「アンチクライスト」が示す通り、基本的にはキリスト教的価値観に対する批判の精神が根底に流れています。中世キリスト教の欺瞞、例えば魔女狩りといった女性をターゲットにした無慈悲な教会の歴史を妻は研究の過程で知るのです。そうした、女性を悪と見なしていたキリスト教的価値観にどっぷり浸かった妻は、息子を死なせてしまったことと同時に自分が女性であるという揺るぎない事実に極限の罪悪感を感じています。自分は女性であるがゆえに悪、という時代錯誤な思考が徐々に妻を蝕んでいくのです。女性=悪を妄信する妻は理性的な言動を貫く夫=善とは対照的に本能的な言動(肉欲・暴力)を取り続けます。言うなれば、神(善)と悪魔(悪)の代理戦争のような様相で夫と妻は激しく衝突し合い、やがて崩壊を迎える。ただ、決して女性を悪と見なしたいのではなく、女性に対する教会の認識通りに悪に徹し続ける妻の姿を通じてキリスト教本来の女性蔑視的価値観を糾弾してみせているのです。妻が中世魔女狩りを再現したような末路を迎えてしまう点を考えても、教会の欺瞞を抉り出したい監督の意図は明白です。 また、現実と幻想がない交ぜにされた独特の映像世界も特徴です。舞台となる鬱蒼とした森と山小屋(その名もエデン)は妖しく絶望的な空気が充満していますし、鹿・キツネ・カラスといった野生動物に人間の苦悩(悲嘆・苦痛・絶望)を象徴させる、さらには野外セックス中の夫婦の周囲に無数の手が伸びるなど暗喩・象徴に富んだ映像に目を見張ります。

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