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マイ・バック・ページ (2011)

監督
山下敦弘
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3.38 / 評価:632件

私の「今年一番」作品!

  • のいじー さん
  • 2011年6月3日 1時31分
  • 閲覧数 544
  • 役立ち度 59
    • 総合評価
    • ★★★★★

さて、何から書きはじめようか。
まずはこの一言からだろうか。

「久しぶりに、非の打ちどころのない映画を見た」

…もちろん、異論がある人は少なくないだろう。
だが、映画の好き嫌いは結局、個人的な「思い」とマッチするかどうかというところに帰結してしまうものだ。
今回は多分に思い入れが入ってしまっているが、どうか大目に見ていただきたい。


実は私も中途半端なジャーナリズムを振りかざすことに快感めいたものを覚えていた時期がある。
少年院の取材を皮きりに、暴走族や援助交際少女へのアプローチ、覚せい剤の売人へのインタビューなど、際どいこともやった。
覚せい剤の売人には「今、クスリを持っているか?」とは聞けなかった。
持っていたら、不法薬物の所持を見逃すことになってしまうからだ。
案の定、警察本部から上司に「公共の福祉に反する」云々のクレームがついたが、「市井での密売の実態を伝えることで薬物汚染を未然に防ぐ」として「取材源秘匿の原則」は破らなかった。
しかし、「自称・売人」が私の前にクスリの入ったパケをチラつかせていたら、私はどうしていただろうか…。

豊浜トンネル事故や、阪神大震災後の神戸などでも取材したが、常に得体のしれない罪悪感に苛まれた。自分のやっていることが正義であるという確信が持てない瞬間があった。

中でも忘れられないのはオウム真理教事件の時だ。
私の高校時代の友人A君は、教団に傾倒し、高校を中退して富士山麓へと向かった。
地下鉄サリン事件が発生したのはその7年後のこと。
逡巡を繰り返した末、私はA君を「ネタ」にすることはできないまま、第六サティアンのそばで麻原を乗せた護送車を見送った。
つまるところ、私は「ジャーナリスト」にはなりきれない人間だったのだろう。

「ジャーナリストである前に、人間だろう」

映画での、主人公の先輩記者のセリフである。
人間であるからこそヒューマニズムを発揮できる時もあれば、人間だからこそ間違う時もある。
間違いであったかどうかはすべて、結果からしか判断することはできない。

今作で若い主人公が犯した過ちを笑うことはたやすい。
しかし、返す刀で自分自身を切った時、あなたは過去の自分の取り返しのつかない過ちを笑うことが出来るだろうか。
深く刻まれた「悔恨」という名の癒えぬ傷。
誰もが心の奥にひそかに抱いている青春の痛み…『マイ・バック・ページ』。


…なーんて、独り言が過ぎましたね(^^;
それにしても今作は技術的な部分でも素晴らしい作品です。
まず、画面の距離感。作中人物のすぐそばに自分がたたずんでいるかのような絶妙なポジショニングで最初から最後まで安定感がありました。
時代考証の緻密さは言うに及ばず。照明も手間のかかる作業だったでしょうね。自衛官殺害時の暗さはグッジョブです。あそこは見えなくていいんですよね。
さらにはノイズの貼り方。感嘆しました。
この仕事があるから、アジトに警察官が来たときの演出や、ラストシーンの居酒屋での演出が光るわけです。
マツケンと妻夫木クンの演技合戦(2人とも私が知る限りでは一番いいと思う)もさることながら、中平記者役の古舘寛治さん。いい役者さんですね。他の皆さんも、みんなハマっていて説得力があるというか、役柄を演じる充実感がにじみ出ていました。…中村蒼クンはもう少し勉強して下さいね(小声)。

えーっと、結論です。
30代後半以下の方は干渉不可!今作品は「R35」映画です。
あと、ココロに傷を持ってない奴は見に行くな。見に行ってツマランとかいうな!(爆)

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