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マイ・バック・ページ (2011)

監督
山下敦弘
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3.39 / 評価:623件

解説

海外ではベトナム戦争、国内では反戦運動や全共闘運動が激しかった1969年から1972年という時代を背景に、理想に燃える記者が左翼思想の学生と出会い、奇妙なきずなで結ばれていく社会派エンターテインメント。川本三郎がジャーナリスト時代の経験を記したノンフィクションを『リンダ リンダ リンダ』の山下敦弘監督が映像化。激動の時代を駆け抜けた若者たちの青春を初共演で体現する、妻夫木聡、松山ケンイチの熱演から目が離せない。

シネマトゥデイ (外部リンク)

あらすじ

全共闘運動が最も激しかった1960年代後半、週刊誌編集部で働く記者・沢田(妻夫木 聡)は、理想に燃えながら日々活動家たちの取材を続けていた。ある日、梅山と名乗る男(松山ケンイチ)から接触を受けた沢田は、武装決起するという梅山の言葉を疑いながらも、不思議な親近感と同時代感を覚えてしまう。

シネマトゥデイ (外部リンク)

映画レポート

(C)2011映画「マイ・バック・ページ」製作委員会
(C)2011映画「マイ・バック・ページ」製作委員会

「マイ・バック・ページ」孤立を恐れず時代とのつながりを求め、夢ついえた挫折の記憶

 かつてこの国にも、騒然とした時代があった。ベトナムの理不尽な戦いに若者達が異を唱え、学生は権威に向かって激しく変革を訴えた。世界は変えられると信じた熱が冷めていく1969年から72年。これは渦中を目指し、社会と深くつながろうとして孤立した、負の青春映画である。

 妻夫木聡扮する新米ジャーナリスト、沢田を駆り立てたものは何か。それは安全地帯からの傍観者にすぎないと恥じる、うしろめたさだ。松山ケンイチ扮する活動家は、欺瞞(ぎまん)に満ちている。スクープ欲しさに沢田が巻き込まれる革命前夜の計画は、罪なき人を死へ追いやる無謀な犯罪と何ら変わりなかった。この破滅への道は、やがて訪れる無惨な連合赤軍事件という夢の終わりの予兆にも思えてくる。

 感傷に傾きがちな懺悔(ざんげ)録ともいえる川本三郎の原作に、76年生まれの山下敦弘は決して共鳴してはいない。ホンモノ未満の沢田の甘さと弱さを対象化し、突き放している。純情と野心の狭間を揺れ動く妻夫木は、「悪人」よりもはるかにハマリ役だ。女子高生モデルと心を交流させる繊細な挿話が、涙にくもる重く苦い記憶をそっと包む。

 語り伝えることを放棄した団塊の世代も、目を背けないでほしい。過激な暴力へと傾斜し変革の芽を摘んだ時代の生き証人は、ラストの沢田の心情に同化するかもしれない。ただし叙事ではなく、あくまでも個の内面の軌跡に比重を寄せた本作は、今を生きる若者達にこそ響くはずだ。力及ばずして倒れることを辞さない、大いなる挫折の詩として。(清水節)

映画.com(外部リンク)

2011年5月12日 更新

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