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マーガレットと素敵な何か (2009)

L'AGE DE RAISON

監督
ヤン・サミュエル
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  • みたログ 150

3.22 / 評価:46件

素敵な何かは自分探しではありません。

ソフィーによるソフィーのためのソフィーマルソー魅力全開映画です。こんな陳腐で幼稚な書き出しから始めねばならないのも、すべてソフィーせいです。僕はあなたに見惚れて、ところどころ字幕を読むのを忘れてしまったのですから...。変わりのないキュートな笑顔!僕はもう釘づけです。でも、そんなに難しいストーリーではありませんから、それでも何とか全体像は把握することができました(たぶん...)

キャリアウーマンのマーガレットの元に、7歳の頃の自分が現在の自分宛に書いた手紙が届き、封印していた過去の記憶が甦り、今ある人生のあり方を見つめ直す...というミステリー仕立てのハートウォーミングな物語です。あれ?どっかで見たことあるぞ...っていう話ですよね。こういった仕掛けは珍しいものではありませんから、逆に安心して見られるウェルメイドな映画なのだろうと思わせて、これが決してそうではないのです。

主人公のマーガレットは、有名な女優や偉人の名前を呟いては自分に暗示を掛けています。この行為を何度も繰り返し見せられます。このことが「自分探し」へ向かわせるベースとなるのですが、別の何かを演じるという行為そのものが一つのアイデンティティだとも言える訳です。それを分かりやすい言葉で言うのならば「女優」ということになります。つまり「女優ソフィー・マルソー」が本作において輝けば輝くほど、魅力全開であるがゆえに「何者でもない本当の自分」が素晴らしいのだ、というメッセージに相反していってしまう訳です。

映画を見たすべての人は、ソフィーのファッションの着こなし、キュートな表情、おっちょこちょいな可愛らしいさなどに目を奪われ、男の僕でさえソフィーになりたい真似したいと思ってしまうのです。映画を見終わった後のディナーでチョコレートを食べてしまった人も多いのではないでしょうか。それは決して間違いではありません。映画というものの役割の一つなのです。確かトリュフォーですが「女が魅力的あってこそ映画である」と言いました。ですから監督もソフィーもアプローチの仕方は間違っていないし、至極真っ当なことなのです。

では構造上の矛盾となる間違いがどこにあるかというと、実は「自分探し」というテーマそのものにあるのです。この手の映画は沢山ありますが、基本的にこの矛盾を抱えています。「自分探し映画に憧れて自分探しの旅に出る」なんて映画に影響を受けてる時点でそもそも自分を見失っているし、そんな人がちょっと旅に出たからって、本当の自分を見つけ出せるはずがないのです。

内容を全くそのままで、この矛盾を回避する方法がただ一つあります。非常に簡単な方法です。理屈っぽくて面倒な文章をここまで読んでくれた貴方だけにお教えしましょう。それはタイトルにちょっと手を加えればすべて問題は解決するのです。

それは...「ソフィー・マルソーのマーガレットと素敵な何か」です。

最近ではこういったタイトルをつけることはなくなりましたが、さすが先人の知恵は侮れません。タイトルに演者もしくは監督などの本来隠されるべき作り手の名前を入れるだけで「本作はフィクションです。実在の人物や会社とは関係ありません。」という意味が内包されるのです。

本作は映画です。エンターテイメントです。フィクションです。心の中で「ソフィーマルソーの~」を付け加えてから見ましょう。そうすれば、本作のいう「素敵な何か」は決して「自分探し」ではないということが明確に分かります。



字幕を読み飛ばした僕が何を言ってるんだか...

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