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蝶々さん~最後の武士の娘~

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5.0

ネタバレ見事に描かれた蝶々さんの覚悟

昨年のNHKは、大河ドラマ「江」が最初から不評、朝の連続テレビ小説も前期の期待作「おひさま」が途中で失速し、主要2作品が不振で頭を痛めていたことであろう。その代わり、3年越しで放映された「坂の上の雲」が素晴らしい仕上がりで完結し、後期の朝ドラ「カーネーション」も好評と、年末にかけては復活の兆しが見えてきていた。そうした中で、もう1作品、完成度の高い作品だったのが故市川森一原作・脚本による「蝶々さん」である。 モチーフに使われたプッチーニのオペラ「蝶々夫人」は、アリアは素晴らしいもののストーリーは日本人としては馴染めない、どちらかと言えば好きでない範疇の作品だったが、今作は副題として「最後の武士の娘」と付されていて、蝶々夫人が武士の娘として最後に自ら命を絶つに至った心の動きが細やかに描写されている。その繊細な物語を、「篤姫」以来のテレビドラマ出演という宮崎あおいが見事に演じきっていて、美しく重厚で深みのある作品に仕上がっていた。 どう転んでも最後に自害してしまうのは、遊ばれて捨てられ死を選んだ悲しい女性の話になってしまいそうだが、宮崎自身が、そのような話にはしたくないと語っていたように、明治に生きる武士の家に生まれた女性の覚悟と言うものが表現されていたように思う。相手役の海軍士官も真面目な若者として描かれていて、長崎式結婚とはいえ、二人の間には確かに愛情に満ちた日々が存在したということが救いにもなる一方で、その後の展開をきわめて残酷なものにしている。 幼馴染みの伊作が、何とか彼女のそばを離れることなく自害を止めて欲しかったと、今の時代感覚では思ってしまうが、伊作は十分に分かっていながら彼女の出した結論を尊重したのであり、非常に重い心のやり取りがあったのである。「もう夢から覚めて」という伊作に、涙しながら「今でも夢の中もしれんね」とつぶやく蝶々さんのシーンは本当に胸を打つ。あの言葉を聞いてしまえば、誰にもどうすることも出来なかったのであろう。 それにしても宮崎あおいの演技力は素晴らしい。この物語のような繊細な心の表現を必要とする芝居を本当に自然にやってのけてしまう。そして和服姿の美しいこと。和服が似合うし、着こなしも見事、所作も素晴らしい。今回は英語の芝居もあったが、若いときの拙い英語から、フランクリンと生活して気持ちのやり取りを英語でするシーンへと、英語の質も変わっていく。お茶や踊りの時の姿勢や手さばきも見事である。また音楽も「蝶々夫人」の旋律をモディファイしたもので、映像にぴったりで素晴らしかった。晩年の伊作を演じた野田秀樹も良かった。 ところで、こんな素晴らしい作品にも、批判する人間はいるものである。 たしかにこれだけ繊細な演技で、物語自体の解釈も難しい作品となると、日本人としての細やかな感性と知性を持たない人には、その素晴らしさは理解できないのかもしれない。また、明治という時代を理解していないと話について行けないと言うこともあろう。まことに気の毒ではあるが、そういう人にはそういう人向けのドラマも沢山放映されているので、自分のレベルにあったドラマを見て楽しんで頂きたい。特定の出演者が嫌いなのであれば、最初から見ないのが良かろう。 市川氏にとって、この作品は遺作になってしまったが、氏は「このような作品が遺作で、自分は幸せだ」と語られたそうである。このような素晴らしい作品を残して下さったことを感謝しながら、氏のご冥福をお祈りしたい。

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