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英雄の証明 (2011)

CORIOLANUS

監督
レイフ・ファインズ
  • みたいムービー 63
  • みたログ 237

3.32 / 評価:92件

な、なぜだぁ…

  • ナイスルール さん
  • 2013年9月15日 2時06分
  • 閲覧数 1797
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

なんで、シェークスピアの作品を現代に舞台を置き換えて映画化したのか。
いや、現代に置き換えて映画化したいのなら、それはそれでいいとしても、じゃあ、どうして出演者たちが発する台詞は殆んどシェークスピア劇の舞台のまんまなのだろう?
現代のどこの国に、戦争の英雄が独裁者となっていて、しかも護民官だの元老院みたいな機関だのを戴く政府なんぞが存在するのだろう?
そんな“独裁者”がTV討論で市民活動家たちから袋叩きに遭って暴言を吐き、論戦に敗れたぐらいで、どうしてパワー・プレイに訴える事も無く、ひとり野に下って、国境を越えて放浪生活ができるのだろう…。
単にシェークスピアの世界を現代社会に置き換えて寓話的に映像化してやろうという意図で制作されたようには、どうにも考えにくいだけに、この映画は見ていてツッコミ所満載であり、見ていくにつれて、どんどん映画としての魅力が消え失せていくのである。
戦争当事国の将軍同士が、軍用ナイフ一本を手にして“決闘”する事で、戦争の勝敗が事実上決まってしまうという展開には、呆れを通り越して、ただ苦笑するのみで、この映画が、殊更に真面目で真摯な姿勢で制作されているだけに、尚更にその思いが強くなって残念という他はない。
ところで、主人公の専横を恐れ、自分達の政治欲のために、エゴ剥き出しの権謀術数で権力を簒奪した政治家たちが、追い詰められた挙句にどうなったのか…とか、物語の前半で主人公に異常なまでに憎悪をぶつける女性市民活動家の末路とか、そういったものが全く描かれていないのはどうしたことだろう。
そういった部分が非常に大雑把に処理されているのが不思議でならないのである。

ラスト近くで、
「お前は、これまで流されてきた兵士達の血や失われた命の犠牲によって我々が手にしようとしていた目の前の勝利を、お前の年老いた母親の流すわざとらしい空涙ひとつで投げ捨ててしまったのだ」
なんていう台詞を、主人公は敵将から投げつけられることになるのだけれど、この言葉だけが非常に現実味を持って重く、この罪状ゆえに、主人公があのような制裁を受けるのも、まったく無理からぬ事であると、妙に納得させられた事だけが、変に印象に残っている不思議な映画ではあった。

詳細評価

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