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311 (2011)

監督
森達也
綿井健陽
松林要樹
安岡卓治
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2.73 / 評価:22件

自らを生け贄に示したマスコミの“罪深さ”

  • gypsymoth666 さん
  • 2013年9月17日 11時12分
  • 閲覧数 1540
  • 役立ち度 9
    • 総合評価
    • ★★★★★

同作はマスコミというカメラを向ける人間と、向けられる被写体となる第三者の間に永遠に埋められない断絶、そして道徳観と倫理観と欲望というさまざまな矛盾が浮き彫りにする。「何を青臭いこといってんだ!」といらだちの一喝で現場では解決されつつも永遠に目をそむけ続けられるこの矛盾に挑んだのは、監督森達也を中心としたメンバーだからこそだろう。オウム真理教の内部に飛び込み、同じ姿勢の報道を競 い合う思考を止めたマスコミの姿をあぶりだす離れ業を『A』『A2』でやってのけた森達也(監督)安岡卓司(プロデューサー)らによる視点と覚悟があったからに違いない。

冒頭、震災から2週間後、被災地の状況を確認するため森氏ら4人は一台の車で福島を目指す。車には放射線測定器が設置される。福島第一原発に近づくごとに街なみからは人の姿は消え、不吉なカチカチという音をたてながら測定器の数値だけが上昇していく。まだ惨状に触れない彼らは「うわあ、東京の50倍以上になってますよ!やばいっすよ!」と興奮と興味半分の歓声を車内で響かせる。まずは原発の被害の状況をとらえようとする一行は準備もありまだインフラが維持される宿で一泊する。ビールを酌み交わし、つまみのさきイカを頬張りジョークを言い合う4人。まるで被災地を見物に行く不謹慎きわまりない男たちのように映る。もちろんこんなシーンを撮って作品に入れる必要などあるはずがない。差し込んでいるのは“狙い”があるからにほかならない。被災地に入っても津波現場に向かうまでの彼らには冗談を言い合う。つまり報道者、外部から中に入り、また外部に戻っていく人間の温度差。どこまでも被災者の現在の声を姿を届けようとしても結局は被災者にならない。安全な場所に戻り見守り、別な日常を送る報道者を自らを被写体に描く。

冒頭の大部分がこのようなムードの中展開するため嫌悪感を感じ、作品を見ることを断念してしまう方も多いに違いない。しかし取材する側とされる側の徹底した違いをここでさらしてみせた彼らは恐るべき勇気だ。またこの異様な被災地を前にした4人の高揚は、被災地を前にしながらどんな想像もしていない光景が目前に広がるのか言葉にできない、ならない悪魔的な興奮の表層とも見て取れる。戦場が麻薬のように兵士たちをひきつけるように、火事場には多くの野次馬がひきつけられるように、事件事故の現場にスマホを向けて撮影し、テレビや動画サイトに膨大な数の人々が投稿しているように、どんなに人道的な大義名分を語っても、第三者の様子を収録する側は撮影で納めたものがどれほど人に 訴えることのできるものか、マイクを剥け、ファインダーを覗きながら考えている。そこには第三者からの評価や己の名誉、そして目の前で起こる悲劇とは真逆の興奮がある。これを完全に否定することができる人はその場にたったことがないか、森監督ら、この作品の作り手が暴こうとする、マスコミのおごりと偽善に気づかない人ではないか?と考える。
その後カメラは宮城、岩手の永遠に続くがれきの山を映し出していく。最後にこの映画は改めて報道の矛盾に切り込む。森氏らは発見されたばかりの遺体がトラックから下ろされ、シートを広げるシーンを映し出す。カメラに遺体が映った瞬間、彼らに棒が飛んでくる。「あんたら人の家族が死んでるの撮って面白れえのかよ!!!」被災者らから激しい抗議を受ける4人。マスコミとして反射的に動くその動機などそこで口にできるわけはない。しかし精一杯の逡巡を森氏は取材者を代表して怒りに満ちる被災者の前に立つ。「私たちはこの現状を伝えたいだけです。面白おかしく撮影しているつもりなどさらさらありません」と苦しい内側をこらえながら可能な限り真摯に対応する。

その後もお子さんが見つからない母親2人の後を追うカメラ。「娘さんを探していますけど、正直、『見つかってほしくない』という思いもありますよね・・・」と森氏が尋ねると母親たちは「もうそんな思いはとおりすぎた。とにかくこの瓦礫の中から連れ出してあげたい」。「でもこの気持ちのやり場が本当にないですよ・・・」彼女たちはマスクごしに怒りの一言を吐き捨てる。「もしよければ私にぶつけてもらえますか?(報道する者は)それが役割ですから…」森氏はそう語る。

報道は紙面や番組を埋めることが至上命題で、お金どころか使う場所も守るべき家も家族もすべて失った人々を、スポンサーの立場や行数や締め切り時間で金儲けに走るしかないマスコミは言葉を要求する。想像を絶する矛盾の苦しみは普通の精神状態の人ではできない。ゆえに魂を殺し、または魂が死んでいないと報道する側には立てない。どう人間性を持ちながら取材に立てるのか?報道者が超えられない矛盾と苦しみをさらしてみせた記念碑的野心作と感じる。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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