ここから本文です

311 (2011)

監督
森達也
綿井健陽
松林要樹
安岡卓治
  • みたいムービー 37
  • みたログ 33

2.73 / 評価:22件

「原点」から再び思考するために

  • A/Y さん
  • 2020年6月30日 21時37分
  • 閲覧数 208
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

あれから9年が経つ。
終わった気がしない。
まだ続いている。
その後も毎年のように災害がつづき、
この10年程で、完全に次の時代のフェーズに入ったような気もする。
とはいえ人の意識はといえば、そう容易く変われるものでもない。
コロナウィルスで「新しい生活様式」とか言われているが、
ある意味、311の後に、それまでの価値観が大きく揺らぎ、新たな生活のありようを模索して、行動に移してきた者たちもいる。
そういった個人レベルでの意識の変革と実践しか信じられる気がしない。
しかし、そうやって、かろうじて「確か」だと思えるものを一つ一つ確かめながら、かろうじて信じられるものを一つ一つ確かめながら一から築いてきたものが、再びコロナで機能停止になった者も少なくない。
本当にやるせない。
まずはどうにか生き延びること。
そのために、必要あらば、まっとうに声をあげ、まっとうに闘うこと。
声をあげてもあげても届かない、それでもあげつづけ、動いてゆくほかない。
それは「私」の権利であるだけではなく、
ここに来ることの叶わなかった彼女彼らの権利でもあるものとして。
彼女彼らと共に、何度でも一からはじめるほかない。
だが、目の前のことにただひたすら必死であるしかない、あれるうちはまだよかったのかもしれず、一度立ち止まってしまった瞬間、そこから再び一歩踏み出すにはどうすればいいのか、やるせなさ、無力感ばかりが広がって、どうすればいいのかさっぱり分からなくなってしまうということがある…。
そこから再び歩き出すための方法は、いまだに分からない。

つい、「あの時」をめぐるような話になってしまう。
が、(私だけではないのでは、と思うが)「あの時」は今の私にとって、ひとつの原点のような気がしている。
そしてこのドキュメンタリーを見ていると、改めてそこに立ち返って思考をはじめることができるような気もする。

この映画、批判は多いだろうと思う。
しかし、忘れないことだ。
あの時の動揺も、衝動も、やりきれなさも、どうすることもできない苦しさも、どうしようもない悲しみも、どこにぶつけることもできない憤りも。

「作品」として観れば中途半端かもしれない。
この映画の倫理性を問うことも止めてはならない(むしろ、製作者側はその覚悟があって、あえて出していると思う)。
とはいえ、この作品を起動させると少なからずあの時の空気が再び広がる。
それを自らの「現在」においてどのように活用、使用するか、が問題である。


パンクした車のタイヤ、子どもたち、豚の屍体、大川小学校、遺族の方の怒り

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 未登録
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ