2012年5月12日公開

隣る人

852012年5月12日公開
隣る人
4.4

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(29件)


  • s_k********

    5.0

    熟考を求められる映画

    人と人との関わり方を考えさせられ、思い知らされる内容でした。 人は誰しも一人では生きていけない。でも、拠り所となる相手が誰でも言いという訳でもない。血の繋がりだけが全てでもない。

  • cat********

    3.0

    トークセッションとセットで拝見

    映画を企画された稲塚由美子さんのトークセッションとセットで拝見しました。 映画でわかりづらかった場面がトークセッションで補完され腑に落ちました。 光りの家の保育士さん 子供たちの事は大いに考えさせられましたが あの映像だけで行間を読めというのは厳しいのではないでしょうか?

  • mat********

    4.0

    監督の覚悟をインタビュー等で読んだが…

    全体的には素晴らしいと思いました。 あそこまで献身的な「親代わり」にはなかなかなれないだろう、マリコさん自信の私生活はどうなってるんだろう・・・ときになりながら。 そしてもう1点気になったのは、「撮らないで」とたびたび言う被写体の子ども達。 そう言いながら撮ってるだけでなく、上映されている。しかも顔出しで。 本当に大丈夫か?撮られたことを公開してないか?今はよくても大人になってからはどうか? ・・・そこがずっと気になった。 終わってから監督のインタビューをいくつか読んで、 子ども達の反応を知ったり、 http://www.asiapress.org/apn/archives/2012/08/23105439.php 顔出しにしたことや、「彼女たちが20歳になるまで、今後もカメラを回し続けていく」という監督の覚悟を知ることで、 http://news.livedoor.com/article/detail/6550736/ ようやくある程度スッキリした。 ただ、誰もがこのように監督のインタビューにまで触れるわけではないので、作品の中でそういう覚悟を示した方がよかったように思う。 ナレーション・キャプションなしのままに、監督自らも被写体になって語る1コマがあっても良かったのはないか。 そして、それでもむっちゃんのお母さんはどう思っているのか、あまりにそんな映り方をしているような気がして、気になる。 その辺りが☆ー1

  • ymo********

    2.0

    もう死んじゃ駄目だよ

    児童養護施設である「光の子どもの家」を8年間にわたり取材したドキュメンタリー作品です。 この施設では、子供と保育士の関係はと母親との関係と同じとして、三交代八時労働で機械的に接するのではなく、子供と寄り添うことが大切と考えます。それ故に夜も死んでいる時間ではないとして一緒に寝るなど、丸ごとの関わり関わりを重視しております。 この作品で中心に描かれるのは保育士のまり子さんと口の悪いムツミと甘えん坊のマリナです。 映画は、朝の慌ただしい日常から始まります。 子供のいる家庭は、何処もそうかもしれませんが、多くの子供達が暮らす施設では、その慌ただしさも一層増します。そこに映し出されているのは何処にでもいる子供達です。 ”親元で暮らせない条件は同じ”と言う以外は。 この子供達や保育士をナレーションや妙なBGMを入れることなく淡々と描きます。 「人と人が一緒に暮らす」 「人と人が関係を結ぶ」 監督の言葉ですが、血縁に関係なく兎に角誰かが隣にいることは大切なのは言うまでもなく、特に子供にはなくてはならないものでしょう。 この作品において子供達もさることながら保育士の熱心な取り組みには心を打たれます。 特に、子供達から親についての話が出る度に浮かべる表情を見ると胸が締め付けられます。 ”ママ、いないんだもん” ”だって、この世にいないんだから” ”もう死んじゃ駄目だよ” これに答えて”一生、死なないから”と言う保育士の言葉が頭から離れません。 さて、説明をしないのもナレーションを入れないのも監督が決まった答えに導くのではなく観る人それぞれが考えて自分なりの答えを導き出して欲しいとの考えからなのかもしれませんが、どちらかと言えば、わかりにくさが先に立っているように散じます。また、八年間の取材をおこなったそうですが時間の流れが全くわかりません。時間の流れは特に重要ではないのかもしれませんが、それ以上に繋がり悪さが目につきます。 良作はありまずが、この作品だけでは、児童養護施設についてはよくわかりません。人と人との結びつきと言ったことだけでしたら良いのですが、それだけなら施設を取り上げる意味はないのでやはり中途半端な出来になっているようで残念です。

  • hij********

    5.0

    ネタバレ育てるということ

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • koa********

    4.0

    ネタバレ作品を見る前と違う印象

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • god********

    5.0

    毎日を「隣る人」と共に迎えられる幸せ

    子供はまだ人生を上手く渡る術を知らない存在だ。 素直で純粋で正直であることは時として、相手を容赦なく傷つけてしまうこともある。 本作の子供たちも同様だ。 幼心に宿る、自らの置かれた特異な状況や環境への疑念や不信感。 だからこそ、ある子供は親の愛を渇望しているために、わざと手を焼くようなことを仕出かし、大人たちの気を引く。 また、ある子供は大人たちに反抗し、見栄を張って強がり、自分の心を何とかコントロールしようと試みている。 本作で焦点が当てられているのは「むっちゃん」と呼ばれる女の子だ。 生意気盛りで反抗的だが、常に孤独を身にまとっているのをカメラは逃さない。 その姿はまるで傷ついた心を見透かされたくないため、他人が近づいてくるのを拒んでいるかのようである。 彼女には実の親がいる。 それが周囲の子供との違いであり、優越感であり、そして唯一の心の支えだと彼女は思っているのだろう。 しかし、いざ母親に会ってみると互いにどう接すればよいのか分らない。 その戸惑いや苛立ちがタバコを吸う母親から痛々しいほど伝わってくる。 明らかに外見も性格もよく似た「親子」なのに、心は1度も通い合うことはない。 子供にとって1番よい環境とは何なのかを、考えさせられずにはいられない。 「母親とこれで会うのは最後になると思うから良かった」とむっちゃんが述べる。 実の親がいるという優越感が失われ、そして自分の本当の居場所を自覚したむっちゃん。 そんな彼女の誕生日を「隣る人々」が集って祝福してくれる。 そこで見せる彼女の安堵の表情にどれだけ救われることか。 大人たちもがき苦しんでいる。 「責任担当制」とは、「親」とは、そして子供にとって最善の方法とは一体何なのだろうか。 正しい答えなどない問題に直面した大人たちが模索した末に差し込む一筋の光に涙が止まらない。 美しい朝焼けと共に、今日もまた1日が始まる。 朝食を作る音が軽快に響き渡り、やがて朝の騒々しさがやって来る。 そんな「日常」が毎日やってくる幸せ。 そして、そんな日常を「隣る人」と共に迎えられる幸せ。 そんな当然の光景に、改めて感謝したくなる。

  • cin********

    1.0

    ★仕方ないな~。書くか。

    じゃ、書かなきゃいいじゃんって話なんですが、 これから見ようと思っている人のために情報としまして...。 「映画」の定義とは?とか堅苦しい話は抜きで、これは映画と 呼べません。「作品」とかそういうものでもないんです。 ドキュメンタリーだからといったところで、それにも値しません。 別に機材がホームビデオだって、ちゃんと制作していれば立派な 作品です。だけど、これは適当なつなぎ合わせです。だから事前に 知識がなければ、見終わっても何が何のことやらよくわかりません。 つまり、ホームビデオで撮影したものをただつなぎ合わせたもので、 あえて音楽がないとか言ってますが、単に「編集」という作業を ろくにしてないだけです。した様子がありません。 客はそこまで愚かではないので、既に見た人は実はわかってるんです。 画面も正方形みたいな形です。 映画館のスクリーンがそうなのではなく、この映像がそうなのです。 映画ファンとして、正方形の画面で、わけのわかんない映像を 延々見たいですか? ただ、内容が恵まれない子供達の話?そんなようなものだし、 じゃ、レビューを書くか?というと、それほどの映像でもないので、 面倒だし、誰も「つまらなかった」ってことすら書かない。 という仕組みです。 隣る人ってタイトルも最後まで意味不明ですし、私は今もそのことを 知らないのは、そこまでつまらなかったので、映像とタイトルの関係を 調べる気にもならないからです。 私はこれが始まって10分以内に、 「この継ぎはぎビデオを時間いっぱい見せられるぞ。ヤバい!」 と、思いました。辛抱しましたが、その通りになってしまいました。 だから、関係者とか知人の中で自主上映みたいなことをやって いれば良いのではないかと思います。 で、再度、なぜ仕方なくレビューを書くのかって言いますと、 サイト上で他の作品と並んで、名作とかそんなのと並んで、 「隣る人」 っていう、つなぎ合わせ映像が連なっていることに、 妙~な違和感があるからです。

  • mol********

    2.0

    映画じゃなないよね

    導入から人物の設定が分かりにくいので、注意を払うが言葉がうまく聞き取れない。設定を飲み込めないまま場面を切り貼りするから、見る側の想像力で補うほかは無い。よく言えばハンドメイド感に溢れた映像で過度に山や谷を配置する演出はされないが、最低限の設定の説明と落着は必要。 催事で見せるとある施設の日常のようなホームビデオのようだ。

  • mor********

    5.0

    人と本気で関わる覚悟と無償の愛の尊さ

    2012年マイベストランキング第2位だった「隣る人」の再上映を ポレポレ東中野に観に行きました。 児童養護施設「光の子どもの家」(宗教施設ではございません。) で暮らす子ども達と保育士に8年間密着したドキュメンタリー。 昨年の初見時、今まで漠然と持っていた「孤児院」「養護施設」 のイメージをあっさりと覆され、打ちのめされたわけです。 30歳過ぎて今でこそ、親の有難みが分かった!なんて、したり 顔で言ってた私ですが、頭を後ろから思いっきり叩かれた感じ です。何も分かっちゃいなかったんだと。 当たり前に、無条件にいつも隣にいてくれる人が、当たり前に いない人もいること。 そんな状況を客観的に見ることで、人間が生きていく上で大切 なものを改めて気付かされました。 ・・・と昨年も同じような感想を書きましたが。 今回は展開状況、会話をいちいち覚えているので、もう序盤 からラストまで涙が止まらず呼吸困難でした。 とにかく、破壊力あり過ぎなむっちゃん仁王立ち登場から、 最後のまりこ先生の言葉まで忘れられないシーンと言葉の数々。 人と本気で関わることの覚悟、無償の愛の尊さ。 間違いなくわたしのオールタイムベストランクインです。 DVD化はないらしいので、未見の方はこの機会に是非! 心から。 http://www.mmjp.or.jp/pole2/

  • kos********

    4.0

    親は必見

    映画鑑賞後、 トークショーに来ていた刀川監督と 話の流れで、飲みに行くことになった。 映画を見たあとで、 その監督とお酒を飲むというのは 最高の贅沢だと思う。 そこでいろいろ聞いたのだが、 お酒を飲んでいたので、大分忘れてしまった。、 刀川監督は、映画監督というより、 その辺の酒好きのおっさんという感じだった。 (いい意味で) 一見、寝るまで働くという環境は、 労働基準法に違反しているようにも思うが、 実際にこの施設の平均勤続年数は10年以上で (詳しい年数は忘れてしまった) 普通の法人よりだいぶ長いらしい。 それだけ辞める人も少なく、 労使トラブルなどはないようだ。 辞めた職員が担当していた子どもは、 大人になり、施設を出てからも その職員の自宅までたまに帰省したりするらしい。 その子にとっては、 その職員こそが親であり、帰る場所であり、 故郷なのだろう。 職員も不満はない。 この施設で働く以上、 自分の家庭を築くのは難しいのだ。 施設の子と寝食を共にするあいだ、 自分の子どもをほったらかす訳にはいかないだろう。 そこは理解して働いているという。 ナレーションを入れるか入れないかは、 最後まで悩んだ、と言っていた。 個人的には、 ありのままの生活を見せたかったので ナレーションは入れたくなかったそうだが、 周りのスタッフが反対したそうだ。 結局、 ナレーションなしという事になったが、 その結果、若干分かりにくい部分 (職員と子どもが引き離されることになった原因など)が できてしまったことは、 監督も承知の上らしい。 児童虐待や育児放棄について。 私も親なので、 子どもを育てるということが どれだけ大変か、わかる。 仕事がうまくいってないとき、 疲れて帰宅して、 子どもが泣き止まないと ひっぱたきたくなる。 なんで言うこと聞けないんだ! と苛立つ。 私がそれを鎮めることができたのは 私の周りに、私を支えてくれる人がいたからだ。 私は単に運がよかったのだ。 今の時代、 たった一人で子育てをしている親も多い。 悩んでも、相談する相手がいない。 自分がそうなった時、 はたして子どもをしっかりと守り抜くことができるだろうか。 保護者に問題があるというより、 環境に問題があるのだ。 私はひとりの親として 子どもに何ができるだろうか、 とよく考える。 私は大したことない平凡な人間なので。 英語は喋れない、楽器はできない、歌もうまくない、 絵も描けない、運動神経もよくはない。 うーん、平凡以下か。 しかし、 この作品をみて、 何ができるかわかった。 一緒にご飯を食べて 一緒にお風呂に入って、 隣で眠ればいいのだ。 それでいいのだ。 それが大切なのだ、 とわかった。 「光の子どもの家」の子どもたちは ある意味では恵まれているのだ。

  • noh********

    5.0

    ここには家庭があり家族が存在する。

    児童養護施設「光の子どもの家」の8年間を追ったドキュメンタリー。 ちなみにナレーションや音楽が全くない作品です。 「大好き」「可愛い」。 職員さんが子供を抱きしめ声をかける。 母親のように自分を愛してくれる人を全力で求める子供。 どんな状態であっても愛情を注いでくれる人がすぐそばにいる。 どんな状態であっても丸ごと受け止めてくれる人がすぐそばにいる。 子供に愛情を注ぐ職員。 職員をとても慕う子供。 ここに映し出される映像は家庭であり家族そのもの。 職員の方の子供への愛情にはとても頭が下がります。 そしてこの養護施設の在り方は素晴らしい。 ある子供のお誕生会で言った職員の言葉。 「ずっと一緒にいようね。大好きだよ。」 このシーンに涙がとまりませんでした。

  • cat********

    5.0

    幸せになりますように…

    皆さんは自分の親に抱きしめてもらった記憶はありますか? この施設で育った子供たちは実の親ではないのですが、愛情に包まれています。 このような子供たちは自分が親になった時には、必ず自分の子供に愛情を一杯注げるでしょう。 幸せになって下さい。

  • czl********

    5.0

    他の子供たちのために

    すべての子供たちに隣る人がいてほしい 今、安心して暮らせる場所と隣る人がいない子供達に 早くこの施設のような場所と人があたえられますように。

  • syb********

    5.0

    どんなむっちゃんもすき

    「ゆりかごを動かす手は世界を動かすーThe hand that rocks the cradle moves the world」 ということわざがあります。子どもを育てるお母さんの愛は、世界を動かすほどの力になるということでしょう。  母の日を前に、とても素晴らしいドキュメント映画を紹介します。  この映画は、埼玉県内のある養護施設の子どもたちと保育士さんたちのドキュメントです。  不幸にして、本当の母親と一緒に生活をすることができない状況にある子供たちに母親代わりとなって愛情を注ぐ保育士まりこさんの言葉が胸を打ちました。  「どんなむっちゃんもすき」  頭がいいからとか、容姿端麗だからとか、足が速いからだとか、よい行いをするからだとか、そんな条件を一切なくして、「そのままのあなたが大好き。」というメッセージは、どんな子供にも力を与えますね。  主人公のむっちゃんときたら、夕方になったら流れる町内放送にも腹を立てるような子なんですよ。 ♪よい子の皆さん、おうちに帰る時間です。♪                  というような放送が流れると 「うっせーんだよ。バ~カ。消えろ!」 なんて、悪態をつく子です。 そんなむっちゃんが、まり子さんの布団にもぐりこんで 「いい匂いがしてきもちいい。」 っていうんです。  無条件の愛を注いでくれる人なら、においまで好きになって、そこにその人がいなくても、においだけで安心してしまう。 ん~~~!すごいなあ。愛って。  平成22 年度中に児童相談所が対応した養護相談のうち「児童虐待相談の対応件数」は55,154 件。相談の種類別にみると、「身体的虐待」が21,133 件と最も多く、次いで「保護の怠慢・拒否(ネグレクト)」が18,055 件となっているそうです。  児童虐待とか、ネグレクトとか少子化時代の日本は、どこか歯車がずれてしまっていますね。普通の家庭でも、もしかしたら、能力主義で子どもを育てているのではないでしょうか?  勉強ができなければだめとか、ピアノがうまくなければとか、友達より優れていなければとか…。そんな期待に応えられない子供は、息苦しいですね。  日本中のお母さん、保育士さん、そして学校の先生たち、子供にかかわる大勢の大人に見ていただきたい映画です。

  • kat********

    4.0

    隣る人

    「どんなむっちゃんでも好き」、「子どもにしてもいい」なんてなかなか言えない言葉だと思う。小舎制で家族に近い暮らしをしているからこそ出てくる言葉かもしれない。 ナレーションや字幕での説明がないので、映像に集中して鑑賞することができた。

  • mai********

    5.0

    ただ見て欲しい…

    より多くの人に。 誰に対してとは言いません。 一人でも多くの人に見て欲しいドキュメント作品だと思います。 きっと見たら優しい気持ちになれると思う。 理想論としては親が育てるべきなんでしょう。 でもそういう考えの鎖にがんじがらめに縛られてしまって どうすることも出来なくなってしまって ほんの少しのきっかけで弑してしまうような事件が起こる昨今。 その理想論って本当に守らなきゃいけない事なんですか? “血は水よりも濃い”と言い… “遠くの親戚よりも近くの他人”とも言う。 作品の中で子供たちが見せる笑顔が、その答えの一端を見せてくれてるように思います。 幸せとは? 愛情とは? 無邪気に差し出された子供たちの手をしっかり握る。 それが他人であったとしても、そこから子供は愛情を感じ取ることが出来るのではないでしょうか。 詰るのではなく… 殴るのではなく… 目一杯抱きしめてあげたいですよね。

  • jum********

    5.0

    普通の日常の大切さを感じました

    大人の事情で、家庭での普通の日常を送ることが、出来ない子供たち。 難しい問題を抱えている施設の子供を、じっくり構え、受け止め、寄り添っている施設の保育士さんが子供たちと普通の日常生活を送る記録に涙があふれました。 家族と一緒に暮らすことのできない子供たちが、担当の保育士と食卓を一緒に囲み、寝るときには本を読んでもらい、夜目が覚めたときに、抱っこしてもらえる施設。 職員の方大変だな~思いましたが、仕事の関係以上の絆が築かれているのを感じました。 出来ればそんな環境で育つことができる子供さんが増えて欲しい。 多くの大人に見て欲しい映画でした。

  • yng********

    5.0

    生きる喜び、家族のさまざまなありよう

    ベルギーの児童養護施設の少年が主人公であるダルデンヌ兄弟の映画「少年と自転車」を最近ご覧になられた方も多いのではないかと思うが、私はその前にニュースだったかドキュメンタリーの一部であったか忘れてしまったが、日本の同様な施設で暮らす高校三年生のお嬢さんが、就職が決まり新しい生活に旅立っていくというような話を偶然テレビで見て、そのお嬢さんの新しい生活への期待や不安が入り混じったような顔が印象に残っていたが、そのような不思議な偶然のつながりがこの「隣る人」というドキュメンタリー映画を見る幸運を私にもたらしてくれた。 映画はいいシーンで始まる。といっても施設に住む子供たちが朝学校に出かけるためバタバタしているというありふれた日常のシーンだが、それは施設の子供たちや保育士の方たちだけでなく、どの家庭(複数だろうが一人暮らしであろうが)でも見られる普通に「生きている人間」の光景だ。 カメラは小学校低学年のまりなちゃん、むっちゃん、そして彼女たちの面倒を見る保育士の方の日常に多くの時間を割いている。 学校から帰ってきたまりなちゃんがテーブルに宿題を広げて、プリントにまず名前を書く。そのほとんどひらがなで書かれた姓と名を彼女に与えた家族は今彼女のそばにいなくても、彼女の隣には保育士の方がいて、まりなちゃんは確かにそこに生きている。 ほかの子供たちとブランコで遊ぶちょっとお転婆なむっちゃんは、彼女にカメラを向ける監督に言葉を投げつける。「撮らないでよ」。怒りか恥ずかしさか親愛の情か自分でもわからないであろうものをぶつけるむっちゃんは、そこでもちゃんと生きている。 この映画の製作には8年という時間を費やしたそうだが、時間をきちんとかけた分映画は扇情的にあおることなく静かな力で観客にさまざまな思いをもたらすものに仕上がっている。それはまたカメラを向ける監督を始めとする製作スタッフの温かいまなざしが定まっているからでもあろう。それは見るものに伝わってくる。 この施設では一人の保育士さんが数名の子供を担当する「責任担当制」というものをとっているそうだが、素人が言うのもなんだが、なかなか大変なところもあるのではないかと感じた。 本作品は主に子供たちの側にカメラを向けたものになっているが、次はこのような施設で働く保育士の方々の生活、苦労、喜びの方にフォーカスし、そこから彼らを取り巻く制度や社会までに目を向けたような別な作品をこの映画のスタッフの方には撮ってみてもらいたいと思った。 まりなちゃんやむっちゃんが将来「生きている喜び」(「幸せ」と言い換えることもできるかもしれない)を自ら見つけることができるよう願うばかりだが、それは施設に暮らす子供たちだけでなくすべての子供たちに言えることであり、ともすると画一的な(商業主義的な)「幸せ」や「家族」という概念に振り回されやすい我々はしっかり子供たちを見つめてきたのだろうかと忸怩たる思いをもった。 児童教育・保育を学んでいる若い方はもちろんだが、家族のいる方、これからの方、またもう巣立っていった方にも何かを感じたり考えたりするきっかけを与えてくれる映画ではないだろうか。井上靖さんの「わが母の記」に多くの方が足を運ばれていろいろと感ずるところが皆さんおありになると思うが、それと同様に本作品も多くの方がご覧になればと思う。

  • sai********

    5.0

    正しいドキュメンタリーの在り方

    本作、音楽やナレーションなどの恣意的な見せ方を一切排除し、観客に淡々と現実を見せていく。 問題提起された側の我々観客は、自由にそれについて考えさせられるはずだ。 私個人がどう感じたかなどという事は映画に習い敢えて書かないが、この映画を観て各々の心で感じて、頭で考え、どのように生きるかという事が大事じゃないだろうか。

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