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隣る人
2012年5月12日公開

隣る人

852012年5月12日公開

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5.0

生きる喜び、家族のさまざまなありよう

ベルギーの児童養護施設の少年が主人公であるダルデンヌ兄弟の映画「少年と自転車」を最近ご覧になられた方も多いのではないかと思うが、私はその前にニュースだったかドキュメンタリーの一部であったか忘れてしまったが、日本の同様な施設で暮らす高校三年生のお嬢さんが、就職が決まり新しい生活に旅立っていくというような話を偶然テレビで見て、そのお嬢さんの新しい生活への期待や不安が入り混じったような顔が印象に残っていたが、そのような不思議な偶然のつながりがこの「隣る人」というドキュメンタリー映画を見る幸運を私にもたらしてくれた。 映画はいいシーンで始まる。といっても施設に住む子供たちが朝学校に出かけるためバタバタしているというありふれた日常のシーンだが、それは施設の子供たちや保育士の方たちだけでなく、どの家庭(複数だろうが一人暮らしであろうが)でも見られる普通に「生きている人間」の光景だ。 カメラは小学校低学年のまりなちゃん、むっちゃん、そして彼女たちの面倒を見る保育士の方の日常に多くの時間を割いている。 学校から帰ってきたまりなちゃんがテーブルに宿題を広げて、プリントにまず名前を書く。そのほとんどひらがなで書かれた姓と名を彼女に与えた家族は今彼女のそばにいなくても、彼女の隣には保育士の方がいて、まりなちゃんは確かにそこに生きている。 ほかの子供たちとブランコで遊ぶちょっとお転婆なむっちゃんは、彼女にカメラを向ける監督に言葉を投げつける。「撮らないでよ」。怒りか恥ずかしさか親愛の情か自分でもわからないであろうものをぶつけるむっちゃんは、そこでもちゃんと生きている。 この映画の製作には8年という時間を費やしたそうだが、時間をきちんとかけた分映画は扇情的にあおることなく静かな力で観客にさまざまな思いをもたらすものに仕上がっている。それはまたカメラを向ける監督を始めとする製作スタッフの温かいまなざしが定まっているからでもあろう。それは見るものに伝わってくる。 この施設では一人の保育士さんが数名の子供を担当する「責任担当制」というものをとっているそうだが、素人が言うのもなんだが、なかなか大変なところもあるのではないかと感じた。 本作品は主に子供たちの側にカメラを向けたものになっているが、次はこのような施設で働く保育士の方々の生活、苦労、喜びの方にフォーカスし、そこから彼らを取り巻く制度や社会までに目を向けたような別な作品をこの映画のスタッフの方には撮ってみてもらいたいと思った。 まりなちゃんやむっちゃんが将来「生きている喜び」(「幸せ」と言い換えることもできるかもしれない)を自ら見つけることができるよう願うばかりだが、それは施設に暮らす子供たちだけでなくすべての子供たちに言えることであり、ともすると画一的な(商業主義的な)「幸せ」や「家族」という概念に振り回されやすい我々はしっかり子供たちを見つめてきたのだろうかと忸怩たる思いをもった。 児童教育・保育を学んでいる若い方はもちろんだが、家族のいる方、これからの方、またもう巣立っていった方にも何かを感じたり考えたりするきっかけを与えてくれる映画ではないだろうか。井上靖さんの「わが母の記」に多くの方が足を運ばれていろいろと感ずるところが皆さんおありになると思うが、それと同様に本作品も多くの方がご覧になればと思う。

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