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容疑者、ホアキン・フェニックス (2010)

I'M STILL HERE

監督
ケイシー・アフレック
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  • みたログ 147

3.06 / 評価:86件

膝を抱えた、内なる“少年”を解き放つ旅

  • gypsymoth666 さん
  • 2012年11月25日 19時28分
  • 閲覧数 766
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

スター性溢れるジョン・マルコビッチ的な個性派俳優のポジションにもあったホアキン。しかし髭もじゃで、腹の出たボヘミアンなスタイルで、俳優を辞めラッパーになると言い出した言動に、ハリウッドは騒然となる。無頼派の詩人になるためにもあってか、ひっきりなしにタバコをすい、ドラッグも鼻に詰め込み、コールガールを招いての乱痴気騒ぎが画面には映し出される。いかに彼がハリウッドで築いた俳優の栄光を捨て、栄光の色濃い残り香を使用し、自由なスタイルのラッパーを目指す流れが監督で俳優のケイシー・アフレックのカメラで映し出されていく。

当然、この映画がリリースされた時点で、ホアキンもケイシーも同作がフィクションであることを認めているわけであり、ここに写しだされる世界はすべてが演出と演技によるものであることはわかる。しかし本当にやらせか判断がつかないのは、登場する実在の人々が、フェイクであるとは伝えられず映りこんでいる反応こそにあるといえる。

新作映画の話し合いでホアキン宅を訪れたベン・スティラーに毒づき、『メリーに首ったけ』の場面を嘲笑するホアキン。唐突な人間観の崩壊に、予想以上にやつれている、監督業など幅広い活躍を見せる、礼儀を重んじるベンのあいた口がふさがらず、それを抑える仕草に奇妙なリアルさを感じてしまう。また最も巻き込まれる、ヒップホップ界での最高の成功者といえるショーン・コムズが、バカにされているのではないか?と見せる鋭い表情と質問が、芸能界というビジネス上では実力が上となるショーンの立ち居地をうかがわせる。

「本気なのか?」「そんな柄じゃねえだろ?」リップサービスも愛想笑いのかけらもない、彼の“圧迫面接”にサングラスと髭の奥で固まるホアキンの姿が興味深い。それ以上にリアルなのは、撮影者のケイシーへのショーンの反応だった。「何の映画に出た?」ケイシーがブラッド・ピットと競演した『ジェシー・ジェイムズの暗殺』と告げると、「なんだ、あのキャラクターは?ひどかったぞ!」と目も合わせず吐き捨てる。ほかの作品名を挙げても興味を示さない。その瞬間を揺れる画像で映し出した場面が、ある意味、唯一、本当にドキュメンタリー映像が発揮できる、サービス精神旺盛なショービズ界でも人間とキャリアやパワーが上な者が、スターであっても目下の者に向き合う、むき出しの人間像といえる。

部分的には、生のハリウッド、アメリカショービジネスの裏側、実像を映し出した興味深い作品ととらえられるが次第に作品は別な色調をおびはじめる。それは「俺は与えられた役柄を演じる操り人形なんかじゃない。自分自身を表現するために生きている。それをかなえるものこそ、詩でありヒップホップなんだ!」と、周囲の真剣な説得にも耳をかそうとはしない。それは誰にも、創作意欲にあふれ、ショービジネスに生きたいと願った経験のある人々なら持ったことがある、あくまで営利性、ビジネスが優先される世界であり、無数の妥協とあきらめと嘘と協調こそがこの世界を作っていることを知る前の、まばゆいどほに若い時代に誰もが語る言葉だ。そんなことをひたすらに訴えるホアキンは三十代であり、中年太りの肉体から、なぜそんなに幼いことを言うのか?と考えると、冒頭に映し出された父親に見守られながら、パナマの自然豊かな小さな滝で戯れる姿が重なる。その後、幼い時からきょうだいで路上から名前を挙げスターになったホアキン。幼い日々の映像、また劇中全く紹介されてはいないが、20代早々にドラッグで死去した兄・リヴァーの姿もあったと思われる。つまりともに幼い日々からショービジネスにもまれ、子どもとしての時間を持たなかった人々。夭逝した兄の意志を継ぎ、オスカーノミネートを2度重ね、その想いを形にした彼の中で、うごめいたもの。それは誰にも管理されず、自分自身をアーティストとして解き放つ場面、自身の中の“子ども”を解放させることだった…。

ラスト、彼はすべてに疲弊し、あの父親といったパナマの滝を訪れる。すっかり清流を失ったその流れに裸でわけ進み、にごって、澱んだ水の中に沈む場面で映画は終わる。そこに浮かぶタイトル“I am still here”(私はまだここにいる)…幼い時代をありのままにすごせなかった、一人の人間の逃れられない悲しみが余韻として広がる。

子どもらしく生きられなかった幼い日々。栄光を求めたのは周囲の大人たちの欲望によって-。そのような過去を持つ芸能人は国内外に無数に存在し、必ずこのような心の将来を作り出すに違いない。しかし一人のスターがここまで自らの内面を掘り下げドキュメンタリーも珍しい。フェイク・ドキュメントというビジネス戦略に基づいた、ホアキンの極私的探求のドラマといえる。恐れを知らない挑戦的な作風とともに評価する価値はある。

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