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鍵泥棒のメソッド (2012)

監督
内田けんじ
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4.11 / 評価:3351件

解説

『アフタースクール』の内田けんじが監督を担当した、さまざまな要素が詰め込まれた予測不能の娯楽作。ひょんなことから人生が逆転してしまった2人の男性を巻き込んだ物語の成り行きを、笑いとサスペンスを交えて描き切る。情けない主人公を演じるのは『ジェネラル・ルージュの凱旋』の堺雅人。そして『劔岳 点の記』などの香川照之が、記憶をなくす前と後でまったくの別人に変身する男を怪演する。彼らが真剣勝負で挑む人生を懸けた戦いに胸が躍る。

シネマトゥデイ (外部リンク)

あらすじ

35歳にして定職もなく、売れない役者稼業にもほとほと嫌気がさした桜井(堺雅人)は自殺にまで失敗してしまう。その後、出掛けた銭湯で見るからに勝ち組男のコンドウ(香川照之)が彼の目の前でひっくり返り、頭を強打したせいで記憶を失ってしまった。桜井は衝動的に彼の荷物をくすねてコンドウに成り済ましたのだが、実はコンドウの職業は殺し屋で……。

シネマトゥデイ (外部リンク)

映画レポート

(C)2012「鍵泥棒のメソッド」製作委員会
(C)2012「鍵泥棒のメソッド」製作委員会

「鍵泥棒のメソッド」優れたオリジナル脚本にいい役者が揃ったサスペンスコメディ

 いまどき、オリジナル脚本にこだわる監督は貴重だ。それも練りに練り、細部までよく計算された脚本ならなおのこと。「運命じゃない人』「アフタースクール』と、凝ったオリジナル脚本の面白さで人気を博した内田けんじ監督の第3作は、前2作同様に「映画の8割は脚本で決まる」というビリー・ワイルダーの言葉を思い出させる。ワイルダーのファンを公言している内田監督は当然そのことをよくわかり、過剰なほど意識しているに違いない。

 今回も脚本のユニークさは群を抜いている。35歳にもなって極貧の売れない役者・桜井(堺雅人)が、銭湯で転倒して記憶を失った殺し屋・コンドウ(香川照之)の鍵を盗んだことで、ふたりの人生が入れ替わるという奇想。そこに、計画的婚活を実施する編集者の香苗(広末涼子)がからみ、3人の運命はあれよあれよと思わぬ方向へ。キャラクターの個性と窮状で笑わせ、観客の思い込みをかわしてアッと言わせ、どんでんと予想を裏切る展開は前2作同様。ただしよりわかりやすい。前半でまかれた伏線が後半、きれいに収束されていく醍醐味も健在だ。「あれよあれよ」に至るまでの前半がもっさり気味なところまで同様でなくてもいいのだが。

 優れた脚本があれば演出がまずくてもなんとかなるが、役者がまずくては台無しだ。逆に、優れた脚本にいい役者が揃えば鬼に金棒。堺、香川、広末という人選は金棒そのものだ。脂ののりきった彼らが見せる意外な表情、掛け合いが生む化学反応は文句なく楽しく、映画館を出た後での幸福な思い出しニンマリを約束してくれる。(若林ゆり)

映画.com(外部リンク)

2012年9月6日 更新

(C)2012「鍵泥棒のメソッド」製作委員会
(C)2012「鍵泥棒のメソッド」製作委員会

「鍵泥棒のメソッド」脚本が「お見事!」としか言いようがない 堺雅人&香川照之が挑んだ笑いと騙しの物語

 堺雅人と香川照之――この並びを見かければ、今や超絶怒声バトルを繰り広げた「半沢直樹」を想起することだろう。だが、2人はその卓越した演技力をもって、2012年にも傑作を世に放っている。「運命じゃない人」「アフタースクール」の内田けんじ監督が仕掛けたオリジナル喜劇は、「笑い」にも「騙し」にも一切緩みがない非凡な作品だ。

 物語をけん引するのは、対照的な2人の男。借金だらけで日銭もなし、ボロアパートに暮らしながら、過去の恋に未練たらたらというダメさを煮詰めたような売れない役者・桜井(堺)、依頼があればどんな人物も抹消してしまう伝説の殺し屋・コンドウ(香川)。そんな2人が銭湯で運命的な出会いを果たし、「コンドウが転倒して記憶を失う」という事件が発生。「荷物のすり替え」というワンアクションで、桜井はコンドウの日常を、コンドウは桜井の人生を歩んでいく。

 第36回日本アカデミー賞最優秀脚本賞というお墨付きがあるほど「脚本の素晴らしさ」が際立つ。「運命じゃない人」「アフタースクール」にも共通することだが、内田脚本はどんでん返しに至るまでの伏線が恐ろしいほど巧妙だ。冒頭象徴的に響く音楽、各所に配置されたアイテム、桜井&コンドウの理念や行動、そしてヒロイン役の広末涼子が貫く「無」の表情……。「ひと笑い」「状況の説明」だったものでさえ、気づけばストーリーを加速させる装置に転化している。腹を抱えながら「お見事!」としか言いようがない。

 タイトルにも関連付く「演技」というテーマにも注目したいところ。桜井はコンドウになりすました結果、裏社会と接触するはめに。そこには役者としては愛してもらえなかった「フィクション」のような現実が待ち受け、皮肉なことに「演技」が唯一の武器となっていく。一方、コンドウは、桜井から引き継いだ役者道を突き進むなかで幸福を獲得する。だが、記憶の回復という事態が生じれば、その日々は無意識の「演技」で成り立ったことを実感せざるを得ない。演じる、それはすなわち自分や他者を欺くということ。この要素は大団円に至るまで徹底され、見る者を騙し続ける。ちょっとやそっとでは真実を見抜けないはず。

 ちなみに、16年には本作を原案とした韓国映画「LUCK-KEY ラッキー」が製作されている。名脇役ユ・ヘジンが主演を務めており、多少のアレンジが加わっているものの、核となる部分は同様のもの。しかも、オリジナルに匹敵するほどの良作。また、近年アンディ・ラウ主演の中国版までも生まれている。強度のある物語は、国境を易々と飛び越えていくのだ。(岡田寛司)

映画.com(外部リンク)

2020年12月10日 更新

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