レビュー一覧に戻る
セデック・バレ 第二部 虹の橋
2013年4月20日公開

セデック・バレ 第二部 虹の橋

WARRIORS OF THE RAINBOW II: RAINBOW BRIDGE/賽德克・巴? 彩虹橋

R15+1322013年4月20日公開

ty6********

3.0

日本軍戦死者は22名

私の死んだ母は台湾生まれの日本人なので、私自身も台湾に対して特別な思い入れがある。 社霧事件についても母から聞かされたことがある。母は社霧からバスで50分ほど離れた台湾の中心に当たる甫里(ほり)に住んでいたが、事件当時は戒厳令が敷かれて浦里周辺にはセデック族討伐のための軍部の対策本部がしかれて住民は台中など都市部に半年ほど避難させられたそうだ。 事件の経過と鎮圧については、ラジオ等で逐一報道されていたらしいが、まだ母は小学生だったので、不安よりも始めての疎開がピクニックみたいで楽しかったと言っていた。 また私の祖父の遺品に戦前の社霧に建てられていた「日本人犠牲者の慰霊塔」の前で撮った写真が残っている。 私自身10年前の台湾旅行の際にも社霧に行ったことがある。日本人の慰霊碑は跡形も無く、逆に立派なモーナ・ルダオの「霧社山胞抗日起義紀念碑」が建てられていた。また、高台の日本の鳥居にかかる神社に登ると台湾で一番美しいといわれた湖がいきなり現れたのでびっくりした思い出がある。私はそのとき慰霊碑跡のさら地に線香を立て、日本から持ってきたミカンを置い手を合わせてきた。 今この映画を興味深く観させてもらった。モーナ・ルダオをヒーロー化するのは仕方が無いが、やたら日本兵が殺しまくられる描写ばかりなのは疑問である。現実には鎮圧側の戦死者は日本軍兵士22人、警察官6人、味方蕃21人程度であり、何百人も殺されたような誇大描写は「娯楽」映画のためだと思う。 しかし、性急な近代化を台湾に課した日本側にも多くの問題があり、台北や高雄の都市部では保たれていた秩序が、田舎に行くほど蕃外の地となり、汚職や弾圧や差別が横行していたのもうなずける。 映画では語られないが、この反乱以降日本政府は原住民に対する政策方針を軟化し、天皇からの原住民擁護の御発言から彼らの生活も改善の兆しが現れたようで、川中島に強制移住させられた原住民も稲作適用地のため以前よりも生活が向上したとも伝えられている。 すべてがすべて悲劇には終わってないことも伝えるべきだったとも思う。

閲覧数1,270