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ツナグ (2012)

監督
平川雄一朗
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3.66 / 評価:1,448件

死してなお、究極の選択

  • lma***** さん
  • 2020年2月15日 11時50分
  • 閲覧数 685
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

「一度だけ、死んだ人と、たった一夜限りもう一度会える」
この設定は 過去の作品にもあった…かもしれない。
しかし、この作品では、「相手」もまた同じように
「望まれれば、再び相手に会える。でもそれはたった一度、一人だけ」なのだ。

「ツナグ」とは両者の絆(想い)を繋ぐ役割をするのだが、彼等の役目はツナグまで。
面会(?)場所に、相手(死者)がいるかどうかは相手次第。
そして、そこに行けるかどうかは自分次第。

映画の中の三者のケースで、大なり小なり彼らが抱えている(いた)のは「後悔」だ。
だから、面会場所に相手がいるかどうか、そして来るかどうかは相当の怖さ・心細さだったに違いない。
認め無くない者、無条件で許す者、このままでいた方が良いのではと思う者、知りたくないでも知りたい者…それらを時に交えてながら、それぞれに表現している。

松坂君は所謂「タマゴ」で、「ツナグ」である祖母樹木氏の補佐をしている。
彼は 自分の両親の事も含め、今ひとつ「ツナグ」の存在意義について納得していない。
実際に、途中で躊躇する男性を探す時以外には表立った行動派無い(失礼)
しかし次第にその意義・意味を考え始め、最後には両親に対しても理解し、祖母に対しては その心を慮った思いやりを見せる。

終盤、祖母樹木氏から「ツナグ」を繋ぎ渡され空を見上げる表情は、中盤までの無関心を装う風ではもう無く、なんとも穏やかな表情だ。

その終盤の一つ手前
樹木氏が松坂君に、彼の両親についての真実を語る場面がある。
彼女は、どちらかというと飄々とした恒常的な演技のイメージがある。
しかし、この映画のこの告白の場面で、彼女は声を出して泣く。
祖母もまた 心にずっと「後悔」を抱えていたのだろう。

映画鑑賞後に思う事はおそらく とてもシンプル。
もしも自分が 誰か死んだ人に一人だけ一度だけ会えるとしたら誰だろう…。
そして逆に自分が死んだら、誰か たった一度の機会を使ってでも自分に会いたいと思ってくれる人がいるだろうか…。
…いやいや それよりも
自分が死んだときに 誰かに狂おしい程の後悔を感じさせてしまうような そんな生き方をしない様にしよう。
私はそう 思った。

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物語
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映像
音楽

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  • 悲しい
  • 不思議
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