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危険なメソッド
2012年10月27日公開

危険なメソッド

A DANGEROUS METHOD

PG12992012年10月27日公開

sir********

5.0

ネタバレダメ人間ユングの妻の純粋そうに見える凄さ

1904年ユングの勤めるチューリッヒの精神科病院に、ザビーネという名前の若い女性が入院する。ザビーネは暴れ、暴言を吐く。それでもユングは根気良くザビーネの言うことを傾聴する。それによりザビーネの症状は、4歳の時に父親に狭い小屋に裸で押し込まれ、お尻をムチでぶたれ、その時に失禁し、快感を感じた時から始まったということが判明する。ユングはザビーネの自己分析能力を認め精神分析の実験の補助にザビーネを雇う。最初のザビーネの仕事はユングの妻を被験者とした、言葉に対する連想語が出てくる時の両手の皮膚電気抵抗の変化と反応時間の測定であった。ザビーネはその時のユングの妻の回答内容や反応時間を分析する事によりユングと妻との関係を分析してしまう。これによりザビーネが優秀な研究者としての才能があることがユングには理解できるようになる。また、この頃のユングの妻は自分が産んだ子供がユングから期待されていた男の子ではなく女の子であったことをまるで自分のせいのように内省する謙虚で貞淑な妻(大金持ちの娘)であった。一方、この頃フロイトはユングを自分の後継者であると認識していた。それからまもなく、ユングはフロイトからの紹介で薬物中毒で精神を病んだ精神科医グラーフの診療に当たる、グラーフはとんでもない医師で、自殺企図のある患者を愛人にした上に自殺させたことのあることを悪びれることなく告白する。グラーフの言葉をきっかけとして?ユングはザビーネと関係を持ち愛人にする。それもザビーネが幼少期に父親にされたようにお尻をムチで打つ。そうするうちに驚いたことにザビーネの精神状態は良くなり、医学部を卒業し精神分析医になる。ザビーネとユングの関係はうまくいく。この頃ユングの妻は密かに学会やフロイトに「ユングが患者と関係を持っている」という匿名の手紙を送る。(こわー)。これをきっかけとしてユングはザビーネとわかれる。ユングには特に社会的制裁はない。(ユングの妻は危ない橋を渡ったが結果的にはうまくいった。)そして、この頃フロイトとユングはアメリカに招待される、その船上でユングとフロイトはお互いの夢分析を行おうとする。ユングは正直に自分の夢を話したが、フロイトは自分の権威が保たれない夢を見たことを理由に自分の見た夢を語らなかった。この事象や、ザビーネがユングとの関係の調停をフロイトに頼んだこともあり、フロイトとユングとの関係も険悪になる。その後、欧州ではナチスドイツが台頭しユダヤ人であるフロイトは英国に亡命する。ザビーネはロシア人医師と結婚しロシアに戻り、ドイツのロシア侵攻により殺害される。ユングは、ザビーネのようなバックグラウンドをもつユダヤ系ロシア人であり精神分析医志望の患者を2番目の愛人にした上に妻と結婚生活を継続し、その後世界的な精神分析医として成功する、めでたしめでたし。妻は冷静に且つ献身的にユングの成功を見守っている。(妻の掌の中で......)

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