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くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ (2012)

ERNEST ET CELESTINE

監督
バンジャマン・レネール
ステファヌ・オビエ
ヴァンサン・パタール
  • みたいムービー 18
  • みたログ 145

3.77 / 評価:87件

ずっと、いっしょ。

  • koukotsunohito さん
  • 2015年8月30日 1時14分
  • 閲覧数 3567
  • 役立ち度 10
    • 総合評価
    • ★★★★★

第86回アカデミー賞で『風立ちぬ』や『アナ雪』とともに長編アニメーション賞にノミネートされた本作が、ようやく日本で劇場公開。日本語吹替版。

残念ながらそのわりにまったくといっていいほど注目されていなくてほとんど宣伝もされていないようですが、とても可愛らしいアンティークな小物のような映画でした。

この映画が多くの人たちの目に触れずに忘れられてしまうのはほんとにもったいない。

このアニメーション映画には、懐かしさとともに日本のアニメが失いかけている、あるいはすでに失ってしまったかもしれないものが詰まっている。

絵、音楽、物語。映画の隅々まで作り手のこだわりが感じられる。

ストーリー自体は実に地味で、異なる種である熊のアーネストとネズミのセレスティーヌが一緒に生きていくことにするという、意外とリアリスティックなお話。

空想的な魔法とかド派手なアクション(一応追っかけシーンはありますが)も、登場キャラクターが死んでしまうとか残酷な場面や下ネタなどもない。

かつて幼い頃に読んださまざまな絵本を思い出させるし、昔はこういう素朴なお話を描いたTVアニメもあったなぁ、なんて。

素朴とはいっても、ここで描かれるのは理不尽な差別問題でもあって、ようするに異なるコミュニティに属する者たちや、コミュニティ自体が抱える問題を描いているわけで、原作者やアニメの制作者たちの想いはどうなのかわからないけれど、とてもシリアスな題材であることは確か。

でも登場キャラたちはけっして長々と説教めいたセリフで作り手の主張を述べたりはしない。

ユーモアを交えながらあくまでもキャラクターたちの行動でそれを描く(ちょっと高畑勲の作品を思わせるところもあるが)。当たり前なんだけど、その技術が今の日本の多くのアニメから失われている。

アーネストとセレスティーヌはこれからどうやって二人で生活していくのだろう。

アーネストが語ったように、セレスティーヌが得意な絵を描いて彼らの出会いを物語にするのだろうか。

彼ら“アーティスト”の生き方が、ネズミの歯医者や熊のお菓子屋たちのような堅実に働く者たちと対比されている。

どちらが正しくてどちらが間違っている、ということはない。

それでもけっして声高に叫んだりしないものの、原作者のガブリエル・バンサン自身が投影されているというセレスティーヌに「一見、無用の存在のように思える“芸術家”こそが無意味な諍いから人々を解放する力があるのだ」という強い信念のようなものを感じた。

音楽を奏で、絵を描くことはけっして無駄な行為ではないし、そういう人々は無価値な存在ではない。

音楽や絵は、芸術は、偏見や差別からも自由なのだ。

ネズミたちからは「いじわるで恐ろしい」と思われていた熊のアーネストと、熊たちからはまるでゴキブリのように嫌われていたネズミのセレスティーヌ。

この二人が手を取り合ってともに生きていくということは、出身や外見を超えて人と人が共存していくことに他ならない。

こういう作品を子供たちに見せてあげたいなぁ。とても大切なことを伝えているから。閑散とした映画館でふと思いました。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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