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インポッシブル (2012)

THE IMPOSSIBLE/LO IMPOSIBLE

監督
J・A・バヨナ
  • みたいムービー 360
  • みたログ 1,034

3.75 / 評価:595件

本当に『インポッシブル』だったこと

  • jrm******** さん
  • 2020年12月19日 19時00分
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

インポッシブル。不可能という意味をあらわすその単語は、スマトラ島沖地震による被害に直面した家族が命に全く別条のない状態で、再会でき、無事に帰国できた『奇跡』について描かれているかのように見える。だが、本作が呼び掛けている『インポッシブル』とは、本当にそのことだけを描いているのだろうか。

まず、この映画にはある色が象徴的に描かれている。それは赤色だ。一番わかりやすいのが主人公一家が遊びに持ってきた赤いボールだろう。例えば、津波が初めて押し寄せてくるシーンの直前で一家の次男と三男が赤いボールで遊んでいる場面が挿入されている。なによりも、終盤ユアンマクレガーふんするヘンリーが病院で赤いボールを蹴っている子供たちに目を奪われる場面は確信犯だ。なぜなら、その直後にヘンリーは(映像で説明はされていないが)車から離れて辺りを歩き回った挙句、長男のルーカス(当時15歳のトムホランド)を含む子供たちと再会できているからだ。この映画では大きな山場が来る直前に赤色を含む何かが場面に映る。そしてこの赤色は最後の最後にもう一度出てくる。

ラスト、保険会社の協力で主人公一家は飛行機に乗って被災地から離れることになる。離陸直前シートベルトをつけたヘンリーはポケットに入っていた小さなメモ用紙に気づく。そこにはヘンリーが家族を探す途中で出会ったカールという男の家族の名前と裏に大きく赤い文字で「ビーチにいる」・・・。直後一家の妻マリア(ナオミワッツ)の腕に書かれた誰かの名前、ルーカスが避難所でつけられたネームカードがクローズアップされる。勘のいい方はここで分かったかもしれないが、この映画が言っている『インポッシブル』とは津波から生き残った人々ではなく、なくなってしまった方々もさしているのだ。ここからはマリアを視点に映画を解きなおす。

ナオミワッツ扮するマリアの職業は(さらっと説明されているが)医者である。彼女は自分がかなり重めのけがを負っているにもかかわらず、途中で出会った子供を助けようと行動したり、避難にてきめんな木を見つけたときに最後まで自分の力で登ろうとするとした行動をとるが、その裏には彼女の医者としての人の命を救いたいという信念がある。しかし、病院に着いたもつかの間、怪我が原因でベッドに横たわらざるを得なくなる。そこで彼女は既に亡くなってしまった別の女性と勘違いされて、ベッドの位置を変えられてしまう。その時にマリアの腕にに刻まれたのがラストに出てくる名前なのだ。ラスト、マリアは窓の外の被災地を見て涙する。一見それは助かったことから来る安堵から来ているように見える。だが、実はこの流れを踏まえてこのシーンを見直すと、彼女は自分が医者であるのに何もできなかったことに対するくやしさ、申し訳なさから泣いているとも解釈ができる。

この映画は大きな自然災害、大破局に対して何も施すことができない、まさに「インポッシブル」な状況に置かれた家族の苦悩が大きく反映されている。本作のモデルになった女医マリアベロン氏は、2004年当時、本当に家族の都合で横浜に在住している。この映画の試写会に登壇した彼女は「医療に関わる方、医療を志す方に是非、見ていただきたい映画なんです」と述べている。今もなお台風、地震、津波にさらされる我が国日本を見て、彼女はあの時「インポッシブル」だった人々は何を思うだろうか。

詳細評価

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