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さよならドビュッシー
2013年1月26日公開

さよならドビュッシー

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5.0

本物にこだわった第一級の音楽映画

ミステリーへのこだわりは捨て、最高の音楽映画を目指す。そういう製作者の明確な意図が従来の常識を覆し、第一級の音楽映画を作り上げた。 演技のリアリティか音楽演奏のリアリティかの二択に関して、従来作品は概ね前者を重視してきた。後者は吹き替え等で比較的カバーしやすいと考えられていたからだろう。 しかしこの作品ではピアニストの清塚信也をピアニスト岬洋介役に起用した。 重要な役にプロの音楽家を起用したこと。そのことが従来の音楽映画には無いリアリティを生み出している。 彼の演奏シーンは当然本物であり、ピアノのレッスンシーンで彼が発する言葉一つひとつには本物の持つ重みが備わっている。この説得力は一般の俳優では絶対に出せないものだと思う。 その上に彼は音楽に関係の無いシーンでの演技も結構上手い。 岬先生役に彼以上の役者はいない。 そして主演の橋本愛、こちらも文句なしに素晴らしい。新人女優賞を取ったばかりでまだまだこれからのはずが、すでに主演女優の風格さえ感じさせる。 包帯で顔中ぐるぐる巻きにされた目だけの演技。包帯が取れても表情を作れない状況の演技。そしてようやく普通の表情が作れるようになったときの演技。そのいずれにも彼女の持つ目力と、そのたたずまいから放たれる独特の空気感を強烈に感じさせる。 それらは本物の女優だけが持ちうるもの。 香月遥役に彼女以上の女優はいない。 二人の本物の間で、もう一つの主役はクラシック音楽である。時に激しく、時に優しく常に主人公の心情に寄り添って音楽が存在する。 映画独自にアレンジされた「熊蜂の飛行」が彼女の心の内奥のゆらぎを明示する。 魔術のような指先から弾き出される「リスト超絶技巧練習曲マゼッパ」は観客の心を一瞬でとらえ、この作品は最高の音楽映画だと宣言する。 そしてラストの「月の光」これはまさに主人公の‘心からの祈り’そのものである。 ラストの演奏シーンなどで説明過多の演出も見られるが、この映画の魅力の前ではほんのささいなことに過ぎない。まぎれもなくこれは最高の音楽映画である。 映画が全て終わったあと灯りがついてもしばらくは呆然として、このままずっと余韻に浸っていたいと心から思った。

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