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ウィ・アンド・アイ (2012)

THE WE AND THE I

監督
ミシェル・ゴンドリー
  • みたいムービー 53
  • みたログ 104

2.76 / 評価:29件

コミュ場が二つしかない子どもたちの葛藤

  • kyrie1302 さん
  • 2013年5月2日 1時08分
  • 閲覧数 641
  • 役立ち度 9
    • 総合評価
    • ★★★★★

お調子者のマイケルはいつも悪ガキどもとつるんでる。
学校を辞めたテレサにちょっかいを出すけれど、
本当はさびしがりやで、誰かと一緒に居ないと気が済まない。

一か月前に学校を辞めたテレサ。
マイケルとは幼馴染みだけれど、皆の居る前では
ひどい悪口をぶつけてくる彼が許せない。

クールでスタイルの良いレディ・チェン。
親友だけど、いまいちぱっとしないナオミを正直見下していて、
内心彼女のことを「オバさんっぽい」と思ってる。

集団の中の自分。
集団の外に居る自分。
その二つを使い分けて生きる、ブロンクスの少年少女たち。

バスから降り、あるいはバスの中に取り残されることで、
集団の輪から抜け出すことに成功した彼らは
ようやく皆の前で“装っていた自分”を脱ぎ捨てる。

友人たちが下車し、バスの乗客が数えるほどになったところで、
マイケルは孤高の少年・アレックスに近付く。
気になっていたけれど今まで話しかけられなかったと
アレックスに語るマイケル。
一方、アレックスは気さくに話しかけてこようとするマイケルに対して、
クールに言い放つ。
「この一年間、いやこの一時間の間にお前が他の人間に対して
どんなひどいことをしたのか。
それを知ってるから、お前と打ち解けようとは思わないんだ」

***
これを観て思ったのが、アメリカも日本もそう変わらないな~ってこと。

社会人になったら属するコミュニティも一つだけじゃない。
だから職場、家庭、プラベと色んな場所に自己責任で出向いて、
そんでもって付き合う人間を自己責任で取捨選択できる。
(職場はそうでもないけど・笑)

でも学生の頃はコミュニティが家(内)、学校(外)に限られてる。
だから学校のメンバーに嫌われるということは、
自分が外の世界で認められないということに繋がる。
だから好かれる相手を選んで友達になったり、
自分の本心じゃない言葉を言って、周囲に溶け込むように努力する。
たとえ、それが誰かを傷付ける結果になったとしても。

アレックスが飄々と居られるのは、
既に彼が学校・家の他に職場という場所に身を置いているからなんだろう。
たとえ学校で除け者にされたとしても、職場に身の置き所があり、
なおかつそこで自分と関係を持つ人間がたくさん居るなら、
学校というコミュ場がいかにちっさくてバカげたものかを理解しているに違いない。
だからこその“オトナの余裕”なんだろう。

こう考えると、
学校っていうちっぽけなコミュ場の中にもかかわらず、
命を断ってしまうような子は外に繋がりを求めることは出来なかったのかと、
ちょっとこの映画の本筋とは関係のないことを考えてしまった。

この作品をリアルこの年代の子に見せたら、どう思うんだろ?
そんな好奇心を残してくれる映画だった。

詳細評価

物語
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音楽

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  • 切ない
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