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夢と狂気の王国 (2013)

監督
砂田麻美
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  • みたログ 219

3.06 / 評価:218件

これこそがドキュメンタリー・フィルム

  • aly***** さん
  • 2017年10月31日 11時46分
  • 閲覧数 600
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

映画が何かを知らず、「ジャーナリスティックな興味」が満たされればよいというなら、NHKのジブリ潜入記録番組でも見ていればよい。ただし、その番組に映画的要素も見るべきものも微塵もない。宮崎駿が時に不機嫌でエキセントリックになり、周囲が振り回される・・・程度のことしか伝えられなくとも、視聴者のジャーナリスティックな興味は満たされてしまうようだ。

本作は素晴らしい。
菅直人の選挙演説の声が製作スタジオに流れるショット、安部首相の演説のショット、そして鈴木Pが宮崎監督に話す「放送局がジブリの表現の自由を許さなくなってきた」という会話のシーンを滑り込ませるという「作家的」編集など、作家的感性のないNHKの記録映像などに求めるべくもない。スタジオの狂気は、コミュニスト高畑勲、コミュニストでありながら強い保守性も持ち合わせる宮崎、こうしたコミュニタリアンたる哲学を持つ二人の才能を抱え、それを理解しつつも資本主義的成功に邁進する鈴木Pの共存が現象として現場の「狂気」を生むのだが、その狂気の源泉は人間社会にある。宮崎駿の言葉を借りれば社会は「呪われている」のだ。
「風立ちぬ」のカプローニ・本庄達のの言葉を借りれば、「好きで飛行機を作りたいのに、それに金を出す者の目的は兵器(軍用機)化や「金儲け」であって、しかし、その世界を肯定しないと飛行機を作れず、俺たちはその否定したい世界を肯定し、作りたいがゆえに飛行機を作る」という現象をして「私たちの夢は呪われている」と呼ぶのだが、ジブリ自体がその呪いを体現するような資本主義的成功とその持続に対する期待をコミュニスト達が背負っているという矛盾を、本作の監督はあえて現場を日常的な風土のままに撮りつつ編集のみで表現している。「狂気無しに夢は存在できないのは社会要請で、奇しくもジブリはそれを体現せざるを得ない」という悲劇を、ごく静かな日常を描くように、しかし映画的キャメラワークで撮るこの監督は只者ではない。

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