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エレニの帰郷 (2008)

TRILOGIA II: I SKONI TOU HRONOU/THE DUST OF TIME

監督
テオ・アンゲロプロス
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3.53 / 評価:70件

失敗したトリュフォー

  • hsa***** さん
  • 2019年3月23日 5時58分
  • 閲覧数 69
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

アンゲロプロス作品としては成功している、とまずいえる。トリュフォーのジュールとジムがまずベースだと思うのだが、タルコフスキーの鏡をどうとりこむか悩んで中途半端になった感じ。くりかえすがアンゲロプロス作品としては成功している。まず、映画全体が、ウィレムデフォーが撮っている、映画だと考えれば、まず府に落ちる。そのために、チネチッタがまず映る。つまりここには多くの観客が当然あると思っている、いわゆるリアルがない。この監督はリアリズムと戦っている監督なのだ。そして、メロドラマをどう扱うかずっと考え続けている監督なのだ。物語は多くの人が言うほど難しくない。というか簡単だ。諸国をさまよう不幸な人生を送ったエレニを中心に、アメリカに渡って、別の女性と暮らしている、デフォーの父。エレニを生涯愛しながら、報わなかったブルーノガンツ。見事な三角関係があり、メロドラマがある。結婚生活を維持できないデフォーと精神不安定に悩む娘。親の不幸が子に及ぶ負の連鎖。ここもメロドラマだ。ここで問題なのは、第三の翼だ。映画の中では、壊されたテレビとともに映る。倒れた羽根のある天使が掴もうとしているように見える。天使が望む翼だ。この世に天使が何人いるかしらないが、天使に政治ができるかな。天使はもちろんメタファーだ。よい政治が行われれば、とりあえずそれでよい。第三の翼よりも、この映画で特権的なのは手だ。翼と手の類似性についても興味あるが、この映画はまず手の映画だ。アンゲロプロスの映画で手のアップがどれだけあったか、私の記憶ではないのだ。未確認。子供を見送る、震える手と間もなく動きの止まる、震える手から垂れるしずくだ。しずくは涙と考えてよいだろう。極めて匿名性の強い数千数万の人の涙と考えることができる。この映画の意図するところは、圧政を許すな、テレビを信じるな、恵まれない人、恵まれなかった人に思いをはせよだ。人が走ると、時代が変わったり、違う時代の話が違う時代に始まったりする。ベルリンのバーが突然トロントのバーになったりする。違和感を感じることが大事。アンゲロプロスの仕掛けに騙されてはイケナイ。ゴダール、ベンダースの影がちらほら。ジョイスのデッドかなエンディングは。騙し絵としての映画を堪能できる。ダストと雪の親和性。未来に夢を託す。霧と舟の話が出来なかった。残念。

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