2014年6月14日公開

ホドロフスキーのDUNE

JODOROWSKY'S DUNE

902014年6月14日公開
ホドロフスキーのDUNE
3.7

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作品情報上映スケジュールレビュー

あらすじ・解説

『ホーリー・マウンテン』などの鬼才、アレハンドロ・ホドロフスキーが監督を予定していた『DUNE』は、スタッフにメビウスやH・R・ギーガー、キャストにサルバドール・ダリやミック・ジャガーといった人物が参加予定の斬新な企画だった。ところが製作は中止になってしまう。その一連の騒動を監督本人やプロデューサーのミシェル・セイドゥーらが語る。

シネマトゥデイ(外部リンク)

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作品レビュー(45件)

知的14.6%楽しい13.8%笑える10.0%かっこいい8.5%ファンタジー7.7%

  • waka

    3.0

    面白かったが…

    2022/06/30(木)WOWOWシネマにて鑑賞。 面白かったが所詮夢物語。タラレバの世界。

  • 映画の夢

    2.0

    存在しない作品はいくらでも絶賛できる

    私はホドロフスキーが好きでもなければ嫌いでもない。アップリンク吉祥寺でのリバイバル上映でこの映画を虚心坦懐に見たのだが、いやいや、漂う怪しさを押さえきれなかった。 インタビューを受けた人々ほぼ全員が『DUNE』をほめたたえている。存在しない作品だから確認のしようがなく、肯定しようが否定しようが勝手となるわけで、いささか卑怯な気がする。また、映画には『DUNE』の製作を拒否したハリウッド側の人物がまったく登場していない。しかも、ホドロフスキーは芸術=善、ハリウッドは商売=悪という、それこそ子供じみた紋切り型のイメージ操作をはめ込んでいるのである。これはうさん臭い。 『エル・トポ』がすばらしい作品であったことは認める。詩か散文かで言えば映画は明らかに散文なのだが、『エル・トポ』はストーリーや人物描写といった散文的な部分を可能な限り切りつめ、斬新な詩的映像をちりばめた稀有な作品であった。ホドロフスキーは映画を構築的に作るのではなく、直観的に作る人なのだなと思ったものだ。 とはいえ、中身うんぬんは別として『エル ・トポ』が成功した大前提の理由のひとつは、それが二時間(百二十三分)だったことにあるという、この事実を忘れてはいけない。ホドロフスキーは『DUNE』を短くても十二時間の作品にしようとしていたらしいが、これはもう異常と言うほかはない。 アルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスは「数分間で語りつくせる着想を五百ページにわたって展開するのは、労のみ多くて功少ない狂気の沙汰である」と言って、生涯、節度ある長さの短編しか書かなかった。 もう少しさかのぼると、十九世紀アメリカの御存じエドガー・アラン・ポーは、読書する際の人間の集中力には一定の限界があるとして、詩の長さには制限が必要だと主張した。私も同感で、映画を見る観客の集中力にも限界があると思う。せいぜいで三時間くらいまでではないか? もし、ホドロフスキーが「自分は天才なのだから、十二時間の映画を作っても許される」と言うなら、おそるべき誇大妄想である。 『七人の侍』は三時間二十七分あるが、あれはとてつもなくおもしろい散文的ストーリーが綿密に展開するから、見ている側も耐えられるのであって、もし『DUNE』が『エル・トポ』のような詩的イメージで十二時間続く映画として作られていたら、見る側にとっては地獄の責め苦になったであろう。 ピンク・フロイドに音楽を依頼した時、まともに相手をしないメンバーに対してホドロフスキーは「人類最高の作品に関われるチャンスなんだぞ」といったせりふを吐いたらしい。そんなせりふをよく言えるなと思うが、そんなせりふを言ったことを四十年以上も過ぎた今、よくも自慢げに語れるものだとも思う。ナルシストにもほどがある。絶対に友人にはなりたくないタイプだ。 ホドロフスキーの才能を一応は認めながらも、ハリウッドが出資を拒否したのは当然であろう。後世への影響にしても同様だ。ギーガーやクリス・フォス、ダン・オバノン、メビウスらの宇宙船デザイン、キャラクターデザイン、セットデザインなどの個別の部分が個別に影響を与えただけであって、ホドロフスキーがトータルに影響を与えたわけではない。なぜならーーもう一度言おうーーホドロフスキーの『DUNE』は存在しないからである。

  • yam********

    5.0

    完全敗北した映画制作版「七人の侍」

    「エル・トポ (1970)」「ホーリー・マウンテン (1973)」の2作で観客に受け入れられたアレハンドロ・ホドロフスキー。 彼の映画をヨーロッパに紹介したプロデューサーであるミシェル・セドゥーと彼は、1975年、新しい映画の企画に取り組む。 SF小説に独自の解釈を大胆に加えて彼が書き上げた脚本のラスト。 砂の惑星を緑が覆い、殺された英雄の魂は全ての人々の心に拡がっていく。 自分と他者の垣根が壊れ、自我を越えて魂が溶け合っていく。 宇宙の隅々まで、物質も空間も超えて、魂と精神が拡散していく。 深くて哲学的なストーリー、斬新なデザイン、前衛的な音楽、驚きの出演者達。 もし実現していたら、どんな映画になっていただろうか。 わくわくが止まらない。 この企画に「命を捧げた」というアレハンドロさんは、「魂の戦士達」を一人一人スカウトしていく。 絵コンテ制作のメビウス、デザインのフォス、ギーガー、特殊効果のオバノン、音楽のピンクフロイド、役者のダリ、オーソン・ウェルズ、ミック・ジャガー。 「私は海岸に行くといつも砂の中から時計を見つけたけど、君は砂の中から時計を見つけたことはあるかい?」「見つけたことはないですけど、沢山の時計をなくしました」という、ダリとの出演交渉にまつわる問答が秀逸。 本作はまるで映画制作版の「七人の侍」みたい。 ハリウッドが悪い野武士であり、悪の帝国である。 魂を持つもの達と、魂をカネに替えたもの達との戦いである。 アレハンドロさんが志村喬に見えてきたw。 彼はこの企画を全てのハリウッドの大手映画会社に持ち込んだが、黙殺された。 黙殺された上に、1984年、デビッド・リンチによって映画化されてしまう。 失意の中で映画館に足を運んだアレハンドロは、それが失敗作であることを確信し溜飲を下げた。 デビッド・リンチ監督はファイナルカット権を持たなかったために、映画会社の言いなりになるしかなかったらしい。 「自分の作りたい物を作りたいように作る。一切の変更と妥協を拒否する!!」というアレハンドロさんの姿勢と真逆である。 その意固地とも言える頑なさが企画を潰してしまった原因とも言えるが。 映画の芸術的側面とビジネス的側面の臨界点、それがDUNEだ。 「映画という芸術を通して人々の意識を解放する」という大志を抱くアレハンドロさんの情熱は、ハリウッドには通じなかった。 でも彼のあふれる想像力はその後のSF映画に多大な影響を残した。 ※ 以下、本作中の挿入句、インタビューなどからの抜粋です What is to give light must endure burning. 世界を照らす者は 己の身を焼かねばならない /Viktor E. Frankl 彼らには価値は分からない 作り手ではなく 会計士や投資家だから 金勘定するだけだ ハリウッドが拒絶したのは 彼を恐れたからだ 豊かな創造力と 強靱な精神によって 自分たちが脅かされるとね あの映画が作られなかった 本当の理由は”恐れ”だ ホドロフスキーとセドゥーは 「DUNE」のあと 別々の道を歩んだ それから35年後に この作品をきっかけに また一緒に映画を 造ろうと決めた それが「リアリティのダンス」である 彼にとって 23年ぶりの新作となる 主演は 息子のブロンティス 2013年のカンヌ映画祭で プレミア上映された ミシェル・セドゥーとホドロフスキーは本作『ホドロフスキーのDUNE』を通じて再会。ホドロフスキー曰く「彼は私のことを怒っていると思っていたんだ。我々は『DUNE』を完成できなかったから、彼とは話したくなかった。私は自尊心が強い男だからね。ところが会ってみると、まだ友人同士であることが分かり、2人とも『DUNE』を完成できなかったことを悔いていた。そこで私は新しいプロジェクトについて彼に話した。彼に何がほしいと聞かれたので、こう答えたんだ。“映画を作るために100万から200万ドルの資金がほしいが、内容は言えない。口を出されたくないんだ。私を信じてほしい。完成したら見せるから”すると彼は即座に“いいよ”と答えた。涙こそこぼしはしなかったが、彼の即答には本当に感動したよ。涙が流れる前に、その場を去らなければならなかったくらいにね」  https://www.uplink.co.jp/dune•jodorowsky.php

  • s_w_l_j

    4.0

    全力で取り組む素晴らしさ

    デューン関係ということで見始めったが、ホドロフスキーの語り口が情熱的で感動的。エネルギッシュで魅力的な芸術家なので、他の作品も見たくなった。

  • ピニョン

    3.0

    ネタバレ関係者が大物揃い。

    このレビューにはネタバレが含まれています。

スタッフ・キャスト

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基本情報


タイトル
ホドロフスキーのDUNE

原題
JODOROWSKY'S DUNE

上映時間

製作国
アメリカ

製作年度

公開日