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FLU 運命の36時間 (2013)

THE FLU

監督
キム・ソンス
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  • みたログ 333

3.68 / 評価:254件

利己的社会と無私の人物

  • aiai さん
  • 2014年1月13日 11時36分
  • 閲覧数 1408
  • 役立ち度 15
    • 総合評価
    • ★★★★★

韓国映画が描く社会は、
日本映画が描く社会にとても似ていて、
異文化そのもののハリウッド作品よりはるかに親近感を覚えるのですが、
本作は例外。本作が描く社会はハリウッド的です。

どういうことかというと、
パンデミックという異常事態に遭遇した時、
個人や組織が、他者に対する信頼を失い、
利己的、自己保全的に動き出すということ。

本作では、他者に対する信頼の欠如が、
事態をどんどん悪化させていく様子が描かれます。

チンピラの兄は、病院システムを信じていないので、
利己的に弟を奪還しようとして、病院を麻痺させる。

国家権力は、市民が理性的な対応を取ると信じていないので、
市民を一か所に集めて封鎖しようとする。
ワクチンが簡単に開発できるとも信じていないので、
感染者は生死にかかわらず処分しようとする。
国家全体を守るためには、
盆唐市民が犠牲になってもやむを得ないと思っている。
そのためには軍さえ動員する。

ヒロインの女医は、国家権力が感染者を救うと信じていないので、
感染したわが娘を利己的にスクリーニング検査からすり抜けさせる。
ワクチンが適切に生産されると信じていないので、
こっそり利己的に、わが娘だけに打つ。

米軍にいたっては、韓国の事態収拾能力を信じていないので、
盆唐市民に対して爆撃をしようとするのです。

パニック状態においては、人は他者を信じず利己的になる。
利己的な個人は秩序を守らなくなる。
秩序を守らせるためには高圧的な軍の力が必要。
銃砲を向けられた市民は命の危険を感じ、さらに利己的に動く。

このような、社会に対する不信の連鎖が、
事態をどんどん悪化させていくことを、
この映画は描いています。
後半の、感染者がまるで産業廃棄物のように処理されるシーンは、
背筋がぞっと凍るような恐ろしさです。

この映画のどこがハリウッド的かというと、
この、他者への「信じなさ加減」。
日本人だったら、いくら愚かなチンピラといえど、
病院は弟を助けてくれると信じると思うし、
女医だって、ワクチンの開発を信じて、
自分の娘だけ利己的に助けようとはしないと思うのです。
社会を信じることで、秩序が保たれる。
東日本大震災の時にパニックが発生しなかったのも、
日本人には社会や他人を信じる力があるから。
日本だったらこうはならないだろうなあ。

そんな利己的な個人や組織ばかりの中で、
唯一といっていいほど無私的な人物が、
もう一人の主人公の救急隊員。
彼は不信が蔓延したパニック状態の中で、
他人を助けるために動く。
ハリウッド的に縦横無尽の活躍をして救世主になるわけではないけれど、
こんな人物造形はハリウッド的です。

…とここまで書いたところで、
日本は利己的社会ではないからこんなことは起こらないと、
他人事のように座視していいのか、と気づきました。

福島ではこれに似たことがあったんじゃない?
原発に対する政府の発表が信じられない、とか、
場当たり避難が続いて、弱い高齢者がどんどん亡くなっていくとか。
この映画で韓国政府が盆唐市民を見捨てようとしたように、
日本政府も福島原発の避難民を見捨てようとしているのではないのか。

そう思うと、ハリウッド的ハリウッド的と書きましたが、
この映画が描く社会はやはり、日本に近いのかもしれません。

詳細評価

物語
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