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そこのみにて光輝く
2014年4月19日公開

そこのみにて光輝く

R15+1202014年4月19日公開

まあしい

3.0

菅田将暉のみ光輝く

1989年に書かれた小説が原作ですね。 だから、現在に置き換えると少し違和感があります。 人の絶望を描くのに時代は関係ないのかもしれない けれど、主人公たちに共感するという意味では シチュエーションは大事だと思う。 外国映画などは、そのシチュエーションが理解でき ないことも多い。 それに囚われる必要もないほど登場人物 に共感できれば、個人的には高評価になるのだけど、 本作においては、主人公の環境がとても気になる。 今現在の日本では少し考えづらい。 特に千夏の家庭環境。 支援を受ければなんとかなる環境だ。 そう思わせてしまうところに、演出の未熟さがある。 演出力不足で主人公たちの葛藤があまり伝わって こなかった。 暗くて重くて逃れらない宿命を負って光なんかない。 と思い込んで生きている人たちの描き方が本作の 最重要箇所だったと思うのだけど、そのシーンは あんまり記憶に残らない。 監督はまだ若く「底」をみていないのだな。と思う。 人の人生を軽く上滑りして撮ってしまった印象が ぬぐえない。「生きる」ことを表現するには迫力が 足らない。こういう映画を撮るには人生経験は必須 なのだと改めて思った。 「そこのみにて光輝く」の「そこ」は「場所」であり 人の生きる「底辺」の「底」という意味であると 同時に、もう一つ付け加えるなら 3人それぞれの「人格」でもあると思う。 千夏も達夫も拓児も相手の中に「光輝く」ものを 見たのだろうし、その「光」の反射によって自分が 救われ自らも「光輝く」のだろうと。 そう思うともっと、多くの時間を費やしてでも 3人の「底」を見せてほしかった。人の内側の1番 深い「底」の悲しみや慟哭を見せてほしかった。 それが私にはあまり感じられなかった。あんなものじゃ ないと思う。 だから、ラストの「光」そのものが弱々しく感じた。 本当に苦しんだ人を描ききれていないと思う。 唯一の収穫は千夏の弟である拓児を演じた 菅田将暉。 (スダマサキ) 名前の中にある「暉」は輝くという意味。 偶然なのか宿命なのか、本作出演で彼はこれから 注目される俳優になっていくだろうと思う。 「余談」 GWの中日、平日。 映画館の最終回は20代、30代のおしゃれな 男女で9割埋め尽くされていました。 綾野剛人気なのか? 映画情報誌の高評価なのか? 私にはわからない けれど、こういう状況は初めてなので、かなり たじろぎましたが、ヒットしていると思う。

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