不安定さの中にある本質。
- 映画零号 さん
- 2014年6月26日 21時13分
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中島哲也といえば、サッポロ黒ラベルの温泉卓球編などを手掛けたCMディレクター出身の映画監督。
『下妻物語』『嫌われ松子の一生』『パコと魔法の絵本』『告白』など、
監督した映画は全て、興行的にも批評的にも成功している日本映画界ではとても稀有な存在。
すばやいカットの切替、スローモーション、クロースアップの多用などCMディレクターならではの得意技を生かし、映画業界に乗り込んだ新鋭は、それまでの映画とは一風変わったスタイリッシュでシャープ、そして何よりポップな映像表現を作り上げてきた。
そういった映像センスの塊ともいえる中島監督の新作『渇き。』は、今までで最も自由に映画表現できている作品ではないだろうか。
前作までにもまして細かいカット構成と捉えどころのないフレーミングは、映画の“文法”を意に介さない。
加奈子の妄想的な世界をビビッドでカラフルな色合いで描く一方、藤島が生きる逃げ場のない現実は白や黒、灰色などで地味に表現し、映像の色合いだけで、それぞれの世界感を切り分ける。
ときにはアイドルグループ「でんぱ組inc.」の楽曲を映画に取り入れ、ポップさでぶっちぎる。
さらにもう一つの主軸とも言える「ボク」の世界が、淡い青色をしたアニメーションで始まるのも異質だ。
その後の実写部分も含め、シーンを通して、まるでポカリスエットのCMのようであり、これは青春恋愛映画か、と思うくらいの爽快感と瑞々しさを感じるのだが、
一方、物語の内容としては、酷いいじめにあっている「ボク」が描かれる。
このミスマッチ感が、内面と外面の一致という蓋然性を頭から否定し、この映画がいかにぶっ飛んでいるかを端的に説明してくれる。
そしてこの世界には「ボク」から見た加奈子がいるのである。
『告白』でもそうだったように、物語は、出来事としてある意味淡々と進んでいくわけだが、
その中にいる登場人物たちは、何を考えているのかさっぱりわからず、観客は独自に解釈を試みるしかない。
物語としての順序や関連性といった説明的な役割はほぼ設けない。
つまりあのやくざたちや警察たちはどうして藤島を自由にしているのか、などの疑問を抱かせないよう、スピード感のある物語展開とランダムでいて多量に与えられる情報で困惑させる。
説明的な映画は多々あれど、それが作品としての面白さを保障するわけではない。
この物語の未完成感、観客に解釈を委ねる不安定感、
それこそが監督がこの映画で狙っているところで、抜群にはまっている。
さらに今作で特徴的だったのが、娘を探す父親・藤島と、その娘に取り込まれている高校生・ボク、を同時並行的に描いている点だ。
二つの別々のストーリーラインそして時間軸が波打って進行し、所々で重なり合う。
このある種のパラレル感は、デジャブ的な感覚を引き起こし、作品全体が持つ不気味さはさらに強調される。
この作品のテーマについて考えてみると、
それは「異なるものが一つの中に同居していること」による「不安定さ」ではないだろうか。
加奈子のピュアさは、天使であり、悪魔。
加奈子にとっての世界は、現実であり、妄想。
あるものにとっては重いものが、同時にあるものにとっては軽い。
恐怖の中にある滑稽さ。
「アイシテル」という重く強い言葉の中にある軽さ。
「ぶっ殺す」という拒絶的で憎しみの言葉の中にある相手への愛と執着。
それにより全ての事象は安定的ではなく、常に流動的で不安定であることを示し、
画一された倫理観を吹っ飛ばし、本質をさらけだそうとする。
この突き詰めた不安定さによって、
映画自体はとても不気味で凄みのあるものとなっているが、
映画としての表現は、とてもスタイリッシュでポップ。
結果として、ウェルメイドとは程遠い内容であるが、なぜかキャッチーな出来となっている。
中島哲也という映画監督は、なんとも掴みどころがない映像作家である。
今作は、タランティーノ的でありながらも、パク・チャヌクやナ・ホンジン的でもあり、
日本でいうと、園子温的でもあり、蜷川実花的でもある。
さらには、エミール・クストリッツァ的とも言えるかもしれない。
『下妻物語』や『パコと魔法の絵本』と比較すると、
『渇き。』という作品は、暴力的でグロいという感想が多いが、
そもそもとても幅のある監督だし、そういった要素は過去作にも散在している。
実写版『進撃の巨人』というプログラムピクチャーを降板して、『渇き。』を監督したというのも納得がいく。
分かりやすい大衆娯楽的な大作ではなく、事象や心情の不安定さに焦点をあて、物事の本質を見つめるような作品が作りたかったのだろう。
今作が、監督のフィルモグラフィーの一本としてあるのは、なるほどという感じがする。
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