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上映中

ぼくを探しに (2013)

ATTILA MARCEL

監督
シルヴァン・ショメ
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3.62 / 評価:159件

別世界の入口が実は現実の出口

  • yab***** さん
  • 2016年10月28日 22時32分
  • 閲覧数 690
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

 この作品の別世界への入口。それはアパートの階下に棲む独り暮らしの老女の部屋のドア。
 入った途端、観葉植物で敷き詰められたリビング。熊のようなでかい黒い犬。もうひとつのドアを開けると、そこはタイムトラベラーへの巣窟・・・。怪しげなハーブティーと好きなお菓子と好きな音楽。それらが媚薬。
 老女は言う。「記憶は魚と同じ。深みに隠れる。・・・暗い記憶は幸せの水たまり」。

 赤ん坊の頃に両親を失って口がきけなくなった若い”ピアノマン”。盲目の老いたピアノ調律師。彼らは老女が誘うタイムトラベラーのお客になる。”ピアノマン”は階上でダンス教室を経営する伯母2人と暮らしており、ダンス教室のピアノの伴奏が日常の仕事。
 老女は言う。「あの子にはピアノと哀しい目しかない」。だから、何かを施さなければならないのだ。彼女のセラピストぶりが心を打つ。ただの近所の口うるさいおばさんと思えても、やはり抱えているものは山積だ。

 彼女は深みに隠れた記憶を封印し、現実の苦悩すらも封印し、”ピアノマン”にひたすら現実の苦悩を和らげる記憶=幸せの水たまりを注いでいく。そのさりげない企てが心を震わせるのである。

 ”ピアノマン”が弾くピアノと老女が弾くウクレレの対比もこの作品のポイント。椅子に座ってかしこまって弾くピアノと公園のベンチでのんべんだらりん弾くウクレレの音色の対比が、そのまま人が心を開いていく謎解きの様でおもしろい。

 ”ピアノマン”の原風景が、貧しくてがさつだけれど優しい両親と、両親が好きだったシャンソンとカエルの歌だったという、そのヴイジュアルとメンタルの光合成のような映像に感極まる。その思いが、老女と老女のウクレレにコンパクトな形で凝縮していく演出に、別世界の入口が実は現実の出口だったんだ、という不思議な錯覚が襲い、涙すら滲んでくる。

詳細評価

物語
配役
演出
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音楽

イメージワード

  • 不思議
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