ここから本文です

紙の月 (2014)

監督
吉田大八
  • みたいムービー 404
  • みたログ 5,310

4.00 / 評価:4,559件

稀に見る大傑作。本当に惨めなのは・・・

  • noo***** さん
  • 2014年11月17日 23時35分
  • 閲覧数 16392
  • 役立ち度 185
    • 総合評価
    • ★★★★★

「八日目の蝉」の角田光代。「桐島、部活やめるってよ」の吉田大八。
それぞれ近年の日本アカデミー賞最優秀賞を獲得した原作と監督。
そして、主演がいまや演劇界において別格の存在感を見せる大女優、宮沢りえ。この組み合わせを聞いて、映画ファンなら観にいかない訳にはいかないだろう。

とはいえ、ここのレビューでは酷評も見受けられる。念のため、原作を先に読んだ。やや、不安が募る。面白いことは面白いのだが、サスペンスの深みがない。作者得意の執拗なまでの心理描写の重ね技で、かろうじて登場人物への感情移入が維持できる、といった程度。ストーリーは散漫で、主人公がとにかく内省的。読んでいてイライラが募った。はっきり言って作者の作品群の中では完成度が低いこの原作を、「桐島~」吉田大八はどう料理したのか。監督自身の手によるあとがきの文章が興味深かったので、おそるおそる劇場へ足を運んだ。

感想。
映画は、とてつもない衝撃作だった。良作、などというレベルではない。私見だが、同原作者の傑作映画「八日目の蝉」を完全に凌駕している。むしろ日本映画という枠を遥かに超えた、世界的傑作だと断言できるほどのものだった。凡庸といっても差し支えない原作を、映画的技法を駆使し(その本質を損ねないまま)ほとんど別物の大傑作に作り変え、主人公のキャラクターまで一変させてしまう離れ業をやってのけた映画監督、吉田大八の手腕に心から感服した。

映画は、おそらく意図的に、観客による主人公への感情移入を一切許していない。それでいて緊張の糸がひと時たりとも途切れることがない。物語の基本である“因”を描くことを全く行っていない。なぜなら、宮沢りえ演じる梅沢梨花の行動には、結局理由などないからだ。田辺誠一演じる愚鈍な夫との間にある空虚感も、池松壮亮演じる光太との関係も、梨花にとっては自らを解放へと導くための通過点に過ぎない。あるいは、銀行から横領したお金でさえも。二人とも、梨花によって人生を狂わされた完全な被害者なのだ。それこそ“ありがち”な自己承認欲求に振り回されていた優柔不断な原作の梨花は影も形もなく、無意識的に、かつ能動的に本能に向かって周りを悲劇に巻き込みながら暴走する、映画史上に残るサイコパスとなった。宮沢りえはその難役の本質を完璧に理解し、これ以上ないほど見事に演じきっている。ここまでの演技ができる女優は日本では間違いなく彼女だけ、世界でも数名しかいないだろう。東京国際映画祭で満場一致で最優秀女優賞を受賞したそうだが、当然のことだ。

原作を再構築するために吉田大八が用意した二人のオリジナルキャラクターが実に有効に作用している。本人の人柄を活かしたであろう大島優子演じる小悪魔的OLはキャスティングの妙だが、小林聡美演じる銀行のお局、隅より子は出色だった。その天才的な演技力と存在感は、最強無比のエネルギーを放つ宮沢りえに一歩も引けをとっていない。梨花とは対照的な、男社会に虐げられた女仕事人としてのハードボイルドな生き方と筋の通し方。終盤の対決は、決して交わらないはずの二人が瞬間的に共鳴するという深さも相俟って、映画史上に長く刻まれるであろう屈指の名シーンとなった。

改めて、吉田大八という今日本で最も才気溢れる映画監督の才能を賞賛しておきたい。その残酷な視点はキューブリックに近く、人間の描き方はコーエン兄弟を思い出させ、部分的なカメラワークはウォン・カーウァイを彷彿させ、音楽と全体のトーンはデヴィット・フィンチャーのセンスに匹敵し、ラストの衝撃性はポール・トーマス・アンダーソンに全く引けを取っていない。完全に世界レベルの才能だ。正直、今まではCM出身の遅咲き監督だと侮っていた。本作は過去作「クヒオ大佐」と類似しているようでいて、その完成度は全く比較にならない。「桐島~」で覚醒したのか経験を積んだからか、いかなる職業的映画監督たちが束になって掛かっても、今の吉田大八には全く敵うまい。

最後に。他人様の感性を批判するものではないとは思っているが、凡百の、表面上はウェルメイドなお涙頂戴の感動ものや近年乱発される子供だましの恋愛ものに慣れてしまったからなのか、本物の宝石であるこの映画の価値が判らない方が多いようだ。感情移入できないの一点張りでねちっこく映画を酷評するのも自由だが、本当に映画を観たのならば、もう一度よくかみ締めてほしい。映画の言葉を借りるなら、「本当に惨めなのは、どちらか?」ということを。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • ロマンチック
  • 恐怖
  • 勇敢
  • 知的
  • 絶望的
  • 切ない
  • セクシー
  • かっこいい
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ