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リュウグウノツカイ (2013)

監督
ウエダアツシ
  • みたいムービー 20
  • みたログ 80

2.52 / 評価:62件

こういった試みは良し

  • bar***** さん
  • 2018年1月27日 14時46分
  • 閲覧数 1093
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

リュウグウノツカイ。女子高生集団妊娠事件に発想を得たとか。そんな事件があるなんて知らなかったな……。

「私たちの国、つくろうよ」その一言で始まった、彼女たちの妊娠運動。それはあるレビュアーさんが指摘しているとおり、彼女たちの反抗だったのかもしれません。自分たちの存在が非常に不安定で揺れ動いていることに、彼女たちは不満を持っていたのかもしれませんね……なかなかの青春映画だったと思います。

この映画で大事なことは、彼女たちが何らかのアクションを起こしたということです。こういう話はとてもいいと思います。それが何故妊娠だったのか……それは、自分にはよく分かりません。それは自分が男性だからかもしれませんし、住んでいる環境が違うからかもしれません。

ですが反抗というスタイルは、いつになっても、一つの留保付きでしか評価されないと思います。それは実存主義的なロマンティシズムです。いわゆる不良ロマンですね。誰かに反抗するということは、第一次的な自己認識の歩みになります。誰かに従順になることが美徳となる社会では特にですね。そこで初めてもっとも穏やかな存在を自分の中に発見することが出来るのです。だから反抗という言葉は、若者にとっては甘い蜜ですし、社会的に立場の弱い人にとっても、いつまでも甘い蜜であり続けることがあります。

前者は留保付きで認められてしかるべきですが、後者は疑問の余地がいつまでも残されますね。私は不良ロマンチックな文学は全部大嫌いです。それは彼らが欺瞞家で詐術を用いていると思われるからですね。より豊かな自己認識に至る道を閉ざし、いつまでも自己表現のつたないあり方によって武装し続けるという、情けないやり方だからですね。反抗という蜜の味は、いずれ酸っぱくなるものでなくてはならないのです。今はどうあっても構いません。しかし変化するということを、どこかで受け入れなくてはなりません。不良ロマンはこういう話題を何とか避けて通ろうとするんですね。だから欺瞞なんです。

この映画も、いい試みだとは思います。ですが青春映画としては凡作です。何故か。
それは……『そこのみにて光輝く』のとき(これは違う監督ですが)でも思いましたけど、青春映画とか、田舎が舞台の映画にありがちな、発達不良性とか堕落したありさま、不安・不満・危険とかいった独特の臭みを本来消さなくてはならないのに、消そうともしていないからですね。これを消す方法はいくらでもあります。抒情的なシーンを基調にしたり、カットの入れ方を工夫したり、あるいは特別な演技指導をしたり、シナリオでセリフを削って独特な間を残したり、一番使われるのはジャズ・チルアウト系の音楽でのんびりとした都会的な雰囲気を作ることでしょうか。そうすることで独特の臭みが消え、テーマ性がより明確になり、われわれも真剣に見ることができるようになります。

まず、この映画は意図的に数人の女子高生たちの外の世界を切り取ってしまっています。そしてこの女子高生たちの妊娠運動をときにコミカルに、ときに壮絶に、ときにファンタジー性を混ぜて、描いています。
女子高生たちは現実に存在するように振る舞っています。グループを作り、不安を抱え、ときどき未来に絶望しながら、愛嬌を振りまいて、必死に生きようとしています。その必死さはよく描かれています。彼女たちのおどけた冗談や、明るい笑顔の裏にどんな暗闇が潜んでいるのか……それはときどきストーリーの中で顔を覗かせるのですが、深くは追求されません。あくまで明るい場所での彼女たちのパースペクティブとして存在しているだけです。

これを評価することも出来ますが、私はあくまで、臭みを消して(彼女たちのお喋りやおどけや、笑い声を意図的な効果的なものにして)、彼女たちの存在のあり方を深く追求した知的な映画を制作すべきだったと思います。現実に近いあり方ではダメで(なぜなら現実では彼女たちは必ず巧妙に存在性をうやむやにしてしまうからです)、そこは創作でもいいから、もっとヒリつくような緊張を持って、テーマ性をしっかりと明るみに出して欲しかったです、もちろん臭みは消して、ですよ。それができて初めてテーマ性が明確になりますので。

なぜなら私たちは「現実」を見たいからではなくて、巧妙な「作品」を見たいからです。誰だってそうだと思います。この映画は「妊娠」というポイントだけが創作性を感じさせるのに、それ以外は非常に生々しい現実性を帯びているから、評価しがたいんです。問題はそこじゃありません。「妊娠」という存在によって一体何が表面に浮かんでくるのか。そこをすくい取って問題にしなければならないんです。「妊娠」でも「拳で全国制覇」でも何だっていいんです。「麻薬吸ってロックンロール」でも全部「反抗」に収束されます。制作者はそこを搾らなくてはいけません。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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