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くちびるに歌を (2014)

監督
三木孝浩
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4.23 / 評価:2,523件

汽笛の音はピアノでC♯を二度弾く音

  • yab***** さん
  • 2019年4月4日 20時59分
  • 閲覧数 1384
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

 自分が世の中で一番惨めな人間に思えて、周りが全然見えなくなってしまった時。そんな時は、実は自分のことしか考えられなくて、他人の傷みさえも軽く見過してしまう。
 柏木ユリが代用教員として五島列島にやってきた時、彼女は自分の不幸に埋没し、他人のことなど考える余裕はゼロだった。
 だんまりを決め込み、錆びついた超オンボロ車を乗り回し、音楽教師なのにピアノは絶対弾かないと宣言する始末。

 しかし、その非常識な面が、僕が児童文学の傑作のひとつとして数えている、「天使で大地はいっぱいだ」のキリコ先生のように、不思議な存在感を醸し出している(キリコ先生も、無表情で憮然としていたっけ)。
 彼女のような、一見無愛想で常識はずれの女教師の心の壁が取り払われる瞬間。
 合唱部の部長のナズナや、同じ合唱部のボーイソプラノのサトルの家庭の事情に心が洗われる瞬間。
 その瞬間の微妙な表情を、新垣結衣が見事に演じている。

 「私のピアノは他人を不幸にする」。そう、彼女は言う。しかし、祖父母と暮らし、放蕩の父親に悩まされるナズナと、知的障害者の兄を支えるサトルの姿を見て、不幸を共感することによって、明日を手繰り寄せていく術を知っていくのである。
 汽笛の音はピアノでC♯を二度弾く音に似ていて、それは前進を意味する音だ、という下りが泣ける。
 ユリも、ナズナも、サトルも、前進を意味する音の集合体の中で共棲している。
 惨めな自分に陶酔して、どうでもいい毎日を幻想化することでバランスを維持していた人間が、かけがえのない毎日を大切に生きる人間と出会って、大きな衝撃を受けるのである。

 その衝撃が、『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』の歌詞と見事にマッチして、過去から未来への讃歌の響きとして、心の奥底のかけがえのない原石を、激しく揺り動かすのである。

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