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くちびるに歌を (2014)

監督
三木孝浩
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  • みたログ 2,947

4.22 / 評価:2830件

壊れた心も今の自分を形作る大切な宝物

  • raz******** さん
  • 2019年7月20日 18時43分
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

劇中に流れるピアノ曲はずるいと思うw 僕はヴァイオリンとかピアノとかそっち系のBGMが流されると自動的に涙でうるっと来ちゃうからw
良かったのはBGMだけでストーリーはあんまりみたいな言い方をしてしまったけど、一応ストーリーもちゃんと成立していたと思う。解釈はむずいけどね。


ストーリーの大枠は

  主人公 ⇔ 音楽 ⇔ 彼氏(故人)

  ナズナ ⇔ 音楽 ⇔ ケイスケ  

の2つの関係が重なることで、主人公がナズナに共感して中学の頃の気持ちをもう一度思い出すというもの。



主人公がピアノを弾けなくなった原因は、徹夜続きの仕事で忙しい彼氏を無理やりピアノコンサートに呼んだら事故って死んだため、責任を感じての罪悪感。その罪悪感を解消するまでがストーリー。



自閉症の兄を持つサトルとの出会いは「主人公の壊れてしまった音楽への気持ち」を再認識するためのもの。この兄弟は一心同体のように描かれている。そこがポイントで、この兄は「主人公の壊れてしまった音楽への気持ち」の比喩だと思う(自閉症の方にちょっと失礼かもだけど)。

この弟は「兄がいたから今の自分がある」と原稿用紙に書いた。それが、主人公にとって「自分の壊れてしまった音楽への気持ち」を肯定するきっかけとなった。壊れてしまったけれど、ずっと一生大事にしていこうという気持ち。

だから映画の最後で、兄の周りをみんなで囲むようにして合唱している。あれは主人公の音楽への気持ちが癒されたことを意味してる。

主人公の車はオンボロだった。見た瞬間、あーこれは主人公の心の比喩だろうなとだいたい分かる。それをさらに延長してあの兄弟につながる。主人公があの車に載せたのはあの兄弟だけだったからだ。



ナズナはサトルとは逆に「自分が生まれてこなかった方がお母さんは幸せだったかもしれない」と述懐する。これはモロそのまま、主人公が音楽を好きにならなければ、あるはそもそも生まれてこなければ、彼はいまも生きていて幸せに暮らしていたかもしれないという自分を否定する罪悪感と重なる。

ナズナになんと言ってあげればよいのか、その言葉が出てこなかった主人公は勇気を出してピアノでナズナの心を癒す。それはそのまま自分の罪悪感も癒した。



このように、ナズナやサトルとの出会いが主人公に前に進む勇気を与えている。
青春ど真ん中な王道ストーリーで出てくる子供たちがいい子ばかりだけど、主人公が再生していく道のりはよく考えられていると思う。
ただし、主演の人は演技があんまりだった。彼女の演技はミスリードしか生まなかったと思うw それはそれでストーリーにはあっていたかもしれないが。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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