ここから本文です

あん (2015)

監督
河瀬直美
  • みたいムービー 655
  • みたログ 3,815

4.15 / 評価:3683件

樹木希林が最後に主演した傑作

今回取り上げるのは2015年5月に公開された『あん』。河瀬直美監督の作品レビューを書き込むのは「光」に続いて2作目だ。原作小説を書いたのはドリアン助川という人で、このペンネームから最初はたけし軍団か何かの人かと勘違いしていた。樹木希林と永瀬正敏のダブル主演と言ってよく、希林さんの孫に当たる内田伽羅を加えた3人がメイン出演者である。
本作の主題は和菓子の代表的な甘味である粒あん作り、現在でもときどきニュースに出てくるハンセン病であり、お菓子と難病という対極にある二つのテーマが混在している。ハンセン病を取り上げた映画を観るのは「砂の器」以来である。これに人生につまずいた和菓子職人の再起という物話がからみ、そのきっかけを作るのがハンセン病の元患者・徳江(樹木希林)である。

ハンセン病はきわめて感染力が弱いものの、病状が重くなると身体が変形するという視覚的にショッキングな病気であるため、患者は長年偏見にさらされ、社会から隔離されてきた。そんな社会的弱者が決して耐え忍ぶだけの人という描き方はされず、同じく辛い過去を抱えた千太郎(永瀬正敏)の人生を次のステージに引き上げる役割を果たすのが面白い。
彼らの人生に関わり、一度は離れかけた二人の心を結びつけるのが女子中学生のワカナ(内田伽羅)である。やさぐれた母親(水野美紀。出番はとても少ない)とふたり暮らしで、失敗したドラ焼きを千太郎からもらっているから、いわゆる貧困家庭なのであろう。図書館でハンセン病について調べ、徳江が住む元隔離施設を訪ねるという、若者らしい行動力の持ち主である。

本作でもっとも衝撃的なのは、どら焼き屋の「どら春」が徳江の加入により評判になり繁盛するものの、ハンセン病の噂が立って一気に客足が途絶える場面だ。現代日本ではこの病気に対する偏見はほぼ消滅したと思っていたから、いくらなんでもリアルな描写ではないと思った。
しかし東日本大震災のとき、福島県出身の子供たちが避難先の学校で「放射能がうつる」という、およそ非科学的な理由でいじめられたと聞く。大人の社会がしっかりしていれば、こんな馬鹿げた偏見が子供の世界に広まり、イジメを生むことはなかったはずだ。だから本作で描かれた風評被害は、多少の誇張はあるとはいえ、私たちの内に確かにある異分子を排除する気持ちを映しているものと言えるだろう。

私がもっとも親しんでいる和菓子といえばどら焼きである。近所にオシャレなどら焼きの専門店があり、いろんなバリエーションの味が楽しめるので、一時よく買ったものだった。しかしその店は数か月ほどで撤退し、利益を出して店を軌道に乗せるのは容易なことではないのだなと思った。
もうひとつ、最寄りの駅近くにたい焼き屋があり、前述のどら焼き屋よりはるかに庶民的な店なのだが、学校帰りの女子高生でいつも賑わっている。まるで本作で「どら春」に食べにくる女子中学生のグループのようだ。近くにはコンビニやスーパーがたくさんあり、お菓子をいくらでも買って食えるのだが、その場で焼いてもらったたい焼きを、友だちとしゃべりながら熱々のまま立ち食いするのが、何より楽しいのだろう。

徳江が小豆に話しかけながら粒あん作りを行う場面で連想したのが、妖怪の「小豆洗い」だった。徳江の語りがまるで子供に妖怪かなにかの昔話を聞かせるようで、小豆の生育する里山が映されるイメージ的なシーンも、妖怪が潜むかのような神秘的な雰囲気が感じられた。
「小豆洗い」の伝承は日本全国にあるというが、山奥で規則正しい不思議な音が聞こえてくる神秘体験が妖怪を連想させるというのは、それだけ小豆が里山の生業に欠かせない穀物であったということだろう。
名場面をひとつだけ挙げるなら、やはり徳江が里山の絶景を見下ろす後ろ姿になるだろう。徳江は若いころにハンセン病を発病し、人生のほとんどを隔離施設で過ごしてきたので、小豆が育つ里山に行く機会はなかったに違いない。つまりこの場面は徳江の心象風景ということになるが、それでも現実に徳江が訪れ、目撃した風景であってほしいと願う私がいる。

映画は満開の桜並木で始まり、一年経って再び満開の桜で締めくくられる。千太郎はオーナー(浅田美代子)の経営方針転換について行けず「どら春」を辞めたようで、屋台でどら焼きを売っている。接客業なのにぶっきら棒な態度だった彼が、必死に「どら焼きいかがですか?」と声を張り上げる。
画面が暗転し、エンドロールが始まると小さな男の子の声が。「どら焼き10個ください」。ここで初めて、映画がハッピーエンドを迎えたことを知る。小さな子がひとりで10個食べるのは無理だろうから、家族にも食べさせるのだろう。この子は風評被害で「どら春」から客足が途絶えていたときも、ここの粒あんの味を忘れていなかったのだ。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 泣ける
  • 悲しい
  • ロマンチック
  • 切ない
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ