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顔のないヒトラーたち (2014)

IM LABYRINTH DES SCHWEIGENS/LABYRINTH OF LIES

監督
ジュリオ・リッチャレッリ
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3.90 / 評価:331件

戦後処理をしていない日本に

  • kinchan3 さん
  • 2016年12月2日 14時33分
  • 役立ち度 6
    • 総合評価
    • ★★★★★

 富山県出身のS・Rのことが米原万里『真夜中の太陽』(中央公論新社)「人品骨柄」で書かれていた。

 悪いことをしていると、美醜とは別に人相が悪くなる。卑しい精神は、顔をも卑しくする。結局、自分もそう思い込んでいたのだろう。ついこのあいだ、八十八歳になったS・Rの近影を新聞紙上で見るや、言葉を失った。戦時中は大本営の参謀として侵略戦争の指揮を執り、シベリア抑留中は目に余るほどソ連当局にすり寄って同胞を売り渡し、自分だけは無事帰国、商社に採用され、戦後日本の政官財癒着の黒幕として暗躍、さぞ醜悪な人相と思いきや、実に爽やかな飄々たる笑顔をしているものだから拍子抜けしてしまったのだ。わたしの人相観は、若干の修正を余儀なくされた。本当の悪人は、もしかして善良なる人相をしているのかもしれない。そもそも良心など持ち合わせていないのだから、良心の呵責に苦しんで顔貌を歪めはしない。

 山崎豊子の小説『不毛地帯』の主人公・壹岐正(いき・ただし)中佐、『沈まぬ太陽』の登場人物・龍崎一清のモデルであるともいわれ、『二つの祖国』では実名の記述が見られる。『沈黙のファイル』(共同通信社)にもインドネシアや韓国への巨額戦後賠償を国を超えた政商癒着が食い物にしていくS・Rの暗躍ぶりを描いている。「日本の戦中戦後史が背広を着たような」と評された。

 手塚治虫が『森の伝説』というアニメを作った時に、森の破壊者の顔がヒトラーそっくりだと批判された。
 悪人がヒトラーの顔をしているのではない。本当の悪人は善人に見える。
 だから、困るのだ。『善き人のためのソナタ』という東ドイツを舞台にした映画もあった。
 『朗読者』を読んでいて、どうしてこんな後に裁判になるのか不思議だったが、この映画で分かった。『愛を読むひと』でも、いきなり感が強い。
 日本は一億総懺悔ということで、東京裁判での一部を除き、戦犯が少なかった。『私は貝になりたい』のようなBC級の戦犯もあるが、あくまで外国人がさばいたもので、今でも東京裁判は無効だという人がいる。
 今の首相のおじいちゃんもA級戦犯だったのに、最後の最後で逃れて、総理にまでのし上がり、兄弟も総理になり、孫までも総理になった。
 無効だという人がいるなら、日本で日本人が裁き直せばいいのだと思う。
 そんなこともしないで、東京裁判は敵国の陰謀だという。
 確かに、強引すぎる部分があるとは思うが、じゃあ、誰がどうやって戦争に引っ張っていったのか、アメリカが悪いなら、しっかりとそういえばいいじゃないかと思うが、アメリカ一辺倒は今も昔も変わらない。

 とはいえ、自分の身内を裁くのはむずかしい。
 うちの親戚にも戦争中は特高だか憲兵だかという人がいて、おとなしそうな人間だった。戦後は刑務所で看守をしていた。

 内戦がずっと尾を引くのも同じだ。スペイン映画はどれだって内戦の影がある。西部劇だって、南北戦争の影がある。同じくCivil Warとされる、日本の西南戦争だけが、西郷隆盛の復権が見られる。大河でもやることが決まっている。

 日本人は見るべき映画だ。
 誰も戦争を裁いていない。
 そして、自然災害のように忘れ去られていくだけだ。

 この映画でもすでにアウシュヴィッツを知らない世代が描かれている。
 今の日本だと、アメリカと戦ったことも知らない世代がいる。
 
 このアウシュヴィッツというのはドイツの言い方で、ポーランドでは映画の中で急に出てくるように、オシュヴィエンツムという。アウシュヴィッツというだけで、ポーランド人は嫌な気分になるのである。

 フィクションもあろうが、フランクフルト・アウシュビッツ裁判を描いている。もちろん、その前に『ニュルンベルク裁判』という名作映画もある。

 ドイツ語で「沈黙の迷宮」という意味だ。
 もっと国家単位でナチスを追放しようとしたのかと思ったら、この映画では違うようだ。

 そうそう、親戚のおじさんは宴会でよく軍歌を歌っていた。

詳細評価

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