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真珠のボタン (2014)

EL BOTON DE NACAR

監督
パトリシオ・グスマン
  • みたいムービー 32
  • みたログ 56

4.26 / 評価:35件

戦慄のドキュメンタリー

  • koomaachan さん
  • 2015年11月11日 8時52分
  • 閲覧数 1397
  • 役立ち度 10
    • 総合評価
    • ★★★★★

同時上映の『光のノスタルジア』が一編の映像詩であるならば、こちらは生々しく恐ろしい真のドキュメンタリーだ。
前半、美しい海の映像と共に、チリの最南部パタゴニアの先住民の中へ連れていかれる。彼らは南極からの寒気の中で、衣類を着ないでその肉体に星空をペインティングする独自の文化を形成していた。しかし、19世紀探検にやってきたヨーロッパ人に発見されてしまい、彼らの「人文学的な」好奇心によって弄ばれる。「真珠のボタン」の真の意味を知った時、観客は戦慄する。無惨な「インディオ狩り」や、カトリック宣教師たちが「善意で」与えた古着に着いていた病原菌によって、殆ど絶滅させられた先住民の生き残りのインタビューが悲しい。
後半は今から42年前に「アメリカの支援する」クーデタで成立した軍事政権下で拷問され殺され、海に沈められた多くの人々のドキュメンタリー。これ程までに知的で、詩的で、豊かな感性と信仰心を持つチリの普通の人々が、軍の命令に従い、想像を絶する残虐な行いに手を染めたという事実の重みにまた戦慄する。
歴史と人間について深く考え、理解しようと願う友人、自然や科学を探究し、宇宙の成り立ちを知ろうとする友人に勧め、感想を語り合いたくなった。
最後にやはり日本語字幕が気になった。知の巨人グスマン監督はナレーションの中で注意深く語彙を選んでおり、先住民のことを必ず「インディヘナ」(先住民)と呼んでいる。「インディオ」という蔑称はヨーロッパ系による「インディオ狩り」の場面でしか用いられなかった。それなのに字幕担当者は「無知な」観客への「善意」なのか、グスマン監督が「彼ら」と呼んだ所も含め、全編で「インディオ」の語を使用する。この地域の言語の専門家が「無知な」はずはなく、まさに「善意」で虐殺をしたヨーロッパ人と同じ過ちをおかして、観る者に無意識の差別意識を植えていると感じた。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 悲しい
  • スペクタクル
  • 恐怖
  • 知的
  • 絶望的
  • 切ない
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