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ハッピーアワー (2015)

監督
濱口竜介
  • みたいムービー 68
  • みたログ 140

3.25 / 評価:96件

「わかりあえる」幻想の国には「FUCK」

  • kot***** さん
  • 2016年2月9日 5時10分
  • 閲覧数 3481
  • 役立ち度 13
    • 総合評価
    • ★★★★★

5時間17分、釘付けになる。
全てのシーンがサスペンスとして迫ってくるからだ。
サスペンスの要素は一貫して、ただひとつ。
「コミュニケーションというものは、元来、不可能なものではないか?」
_

ケーブルカーに乗り、ピクニックへ向かう4人のアラフォー女子。
山上は、あいにくの雨だが、持ち寄った弁当を広げる。
楽しそうなおしゃべりの中に「コミュニケーションの不可能性」が潜んでいる。
温泉旅行の計画が持ち上がるやいなや、皆が手帳を取り出し、スケジュールを確認する。
互いの家庭事情をおもんばかる4人、それぞれの夫を“理解がある”と褒め合う。
典型的な女子トーク、そこには、「本音と建前」「空気を読む」「気持ちを察する」といった、日本人的なコミュニケーションの居心地の悪さが既に発生している。

重要な鍵となる、長い長いシーン。
『重心に聞く』という胡散臭いワークショップ。

「説明するより見てもらいましょう」と、講師の鵜飼は、イスを一点で立てる。
宴会芸に丁度いいようなワザを、延々と真剣に見る状況がたまらなくおかしい。
次に、数人が背中合わせになって立ち上がるというレッスン。
これは、初対面のチームが打ち解けるためのオリエンテーションとしては良さそうだ。
続いて、相手の腹に耳を当て「はらわたに聞く」、そして、額を合わせ「思考を送る」。
こうなると、もはや怪しい新興宗教の様相だ。

しかし、講師である鵜飼自身、これらによって何かが「わかる」とは思っていない。
(後に、芙美の夫•拓也は、鵜飼の著作の「わからない」の連発を魅力的だと語る)

鵜飼のワークショップとは「わかりあえるはずのない他者同士が、どうにか、わかりあえないものかとアプローチする」試行錯誤なのだ。
それは、決して成功することのないあがき。
だが、みんな何か手掛かりを探している。
そう、互いに「重心」を発見しバランスを保てば良いのではないか?
しかし「いつか必ず「重心」は崩れる」と、鵜飼は言う。

もうひとつの特筆すべきシーンも驚くほど長い。
こずえのトークイベント。
スクリーンには、短編小説を丸々一本、朗読するこずえの姿がフィックスで延々と映し出される。
われわれ映画の観客は、映画の中のイベントの観客と同じように、頭の中に有馬温泉の光景を想い浮かべる。

長い朗読後の質疑応答。
オバハンとこずえは、互いに真摯に感想を話すが正鵠を射ない。
(映画の舞台挨拶でよくある光景である)

一方、急遽登壇させられた公平。
自己紹介として生命物理学の話を延々と続け、またも「空気の読めないロボット人間」キャラが露呈したと思いきや、
こずえの心の中まで見通すかのような非常に深い洞察を展開し、今までの公平の人間像が一変する。
彼は人の心が読めないのではなく、過度な論理性が作る自分のルールに厳密なため、他人と相容れないのだ。
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終盤、4人の女と夫たち、すべての「重心」は崩れていく。
希望は何もないのだろうか?

「進むも地獄、退くも地獄。だったら、進むしかない」祖母の言葉である。

決して他者と完全にわかりあえることはない。
それでも、手を差し伸ばしてみるよりないのだ。
映画のラストは神戸の街と海を見下ろしながら「また温泉行こうね」と投げかけ締めくくられる。
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非常に“日本的な”コミュニケーションの不可能性を扱っているが、海外での評価が高いのが不思議だ。
欧米の夫婦の事情は、また違うはずだと思うが、本作に人間のコミュニケーションの本質が見いだせるからだろうか。

キューブリック監督の『EYES WIDE SHUT』には、「Keep your eyes wide open before marriage, half shut afterwards.」
(結婚相手は良く見て選び、結婚後は半分目を閉じておきなさい)という寓意が含まれている。
この格言も『ハッピーアワー』には有効ではないようだ。
芙美と拓也は、互いの齟齬を見て見ないふりを続けた結果、関係は崩壊したのだ。

ただし『EYES WIDE SHUT』のラスト、ニコール•キッドマンの台詞は、日本の夫婦にも有効かもしれない。
それは「Fuck.」
夫婦で腹の探り合いに神経を使うより、セックスしたほうが幸福感を分かち合えるだろう。
桜子と良彦もセックスレスにならなければ、うまくいったかもしれない。

この日本におけるコミュニケーションの不可能性への処方箋、少なくとも夫婦関係においては「FUCK」しかないのではないか。
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長い作品であるが、物語の流れを前後させたり、パズル的な仕掛けなど一切ない。
わずかに小さな伏線があるくらいだ。
また、象徴やメタファーに頼ることもせず、4人の女の服装など、キャラクターを過度に描き分けることもしない。
徹底して、現実の日本の風景の中で、現実の日本人の姿を写し取る。
真摯でまっすぐなカメラワーク。
街並み•マンション•会議室、あまりに日常的な光景が、魅惑的な場として四角いスクリーンにある。

詳細評価

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