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マクベス (2015)

MACBETH

監督
ジャスティン・カーゼル
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2.87 / 評価:247件

忠心と背信の中、権力者を唆す魔女と悪女。

  • 百兵映 さん
  • 2018年4月19日 21時54分
  • 閲覧数 414
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

 『マクベス』には黒澤版翻案がある。5年前に観た『蜘蛛の巣城』のレビューには、

 「忠心と背信の力学で展開される権力闘争の構図。自分の地位が安泰に見える時でさえ、片時の油断もならぬ。疑心暗鬼の緊張の中で、「物の怪」の声も聞こえてくるだろう。女の悪知恵に乗っかることもあるだろう。結局墓穴を掘ることになる。よくあることだ。どこにでもあることだ。」

と書いていた。未だ、『マクベス』を観る前だった。だから、こうも書いていた。

 「 ……(『蜘蛛…』に)ひとつだけ残念なところがある。本作でいう「物の怪」(『マクベス』でいう「魔女」)の表現だ。一種の“超常現象”を可視化するには無理がある。突飛であり安っぽくなってしまう。宴席での“亡霊”もそうだ。本人にしか見えないものを観客にも見せてしまうサービスは無用。 …… 一番の“悪”は武将の「奥方様」なのだが、「血糊が落ちない」と手を洗い続ける。「奥方様」にしか見えない血糊はスクリーンには映されない。この演出がいい。「物の怪」についてもこうすれば良かった。(幻聴で)「聞こえた・言われた」と大騒ぎすればいい。 …… そういう演出でいい。(ただし、並の演技力では表現できないだろうけど。)原作『マクベス』の舞台ではどのように表現されているのだろうか。……」

 そして今やっと「シェイクスピア原作(に非常に近いとされる映画)『マクベス』」を観て、
 ・『蜘蛛の巣城』は大変良くできた翻案ものであった。
 ・宴席での「並みの演技力」ではない演技力は『マクベス』が優る。
 ・「魔女の表現」は、『マクベス』においても安っぽい。
と思った。

 いずれにせよ、政治思想とか哲学理念ではなくて、「忠心と背信の力学で展開される権力闘争の構図」の中では、「自分の地位が安泰に見える時でさえ」、「物の怪」や「女の悪知恵」によって「墓穴を掘ることになる。よくあることだ。」ということが改めて教えられた。中世スコットランドに限らず、現代の東洋の小国においても当てはまる。早く墓穴に落ち込んでしまえばいいのに。

詳細評価

物語
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