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スポットライト 世紀のスクープ
2016年4月15日公開

スポットライト 世紀のスクープ

SPOTLIGHT

1282016年4月15日公開

kaz********

4.0

問われているのはマスコミの矜持

人々の信仰のよすがになっている教会の隠蔽体質に切り込んだジャーナリストたちの活躍を描いたと言えばかっこよいが、なぜこんなにも長い期間性的虐待が野放しになっていたのか考えると恐ろしい。 教会の神父による性的虐待が枢機卿の黙殺により闇に葬られたのではないか疑われる1976年のゲーガン事件を、局長に就任したバロンは連載記事である『スポットライト』で掘り下げるべきと提案する。チームはこの事件を扱ったガラべディアン弁護士やマクリーシュ弁護士にあたるが口が重い。被害者の会のサヴィアーノは具体的な証言をし、5年前に『ボストン・グローブ社』に資料を送ったと言う。心理研究者のサイプは小児性愛の神父はボストンだけで90人いると言う。1980年にゲーガン神父が「病気休職者」で転属になっていることから、チームは神父名鑑の「病気休職者」を拾い87人を特定する。社が証拠の開示を申し立てていた書類が公開されて、特ダネにはやるマイクは記事の早期公開を進言するが、ベテランのウォルターはなぜか『待った』をかける・・・・・・・・。 記者の並々ならぬ取材活動がすごい。加害者の神父に、被害者の当時の少年に、告発を受けた弁護士に、断られても断られても追及していく。 しかし、この地方都市では、警察も検察も教会の大きな権力には逆らえないのだ。被害者の告発を受けて神父の責任を追及してもわずかな示談金で終わってしまう弁護士と、被害者に寄り添って味方する者はいなかったといってよい。 ウォルターがはやるマイクを諌めたのは、神父個人の責任を追及するのではなく、組織に焦点を絞っていたからである。教会の最高責任者である枢機卿が知ってて隠蔽を図っていたのでは教会自体が変わらない。弁護士から資料を受け取ってて何もしなかった己の反省もこめてのことだろう。 枢機卿の姿勢はどこかの国の指導者にも通ずる話ではないか。マスコミは権力におもねるのでなく、真実を追求する矜持を示すことが求められる。

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